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2011年12月 3日 (土)

もはや いかなる権威にも倚りかかりたくない

坂本龍一と編纂チームが選んだ『いまだから読みたい本-3.11後の日本』小学館を読んでいて、茨木のり子のこんな詩に出会った。

「倚りかからず」

もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目

じぶんの二本足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

茨木のり子「倚りかからず」筑摩書房

これだと、思った。

オイラは大文字で表現される「文学」なんぞわからぬ。ちっともわからぬ。一生わからぬ。

わからなくても、かまわないけどね。

その中でも詩なんぞ、一番わからない。

まともに読んだことがある詩人は山之口獏くらい。それも高田渡の歌になった作品だけ。

あとは阿久悠か?作詞家であって、詩人じゃないか。

実は詩人と作詞家の違いもわからないのだが。

だけど、茨木のり子はいい。

それだけはわかる。

多くの人々は会社や役所という権威だったり、アカデミズムや文壇という権威だったり、そんな怪しげなものにすがりつきたくなくなる。

「セレブ」なんてくそいまいましい言葉もある。

「セレブ」なんて薄汚れた言葉を使うマスコミの連中に、「倚りかからず」を叩きつけてやりたくなる。

もう一度、書こう。

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

こんなかっこいい茨木のり子の詩に添えるとしたら、生半可な曲じゃあ失礼だろう。

よおく考えたら、この曲があったことを思い出した。

ジョン・レノンとプラスティック・オノ・バンド「ゴッド」

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コメント

10年ほど前、『倚りかからず』がブームになり、私も購入しました。
詩は売れないといわれながら、珍しいヒットでした。
それより20年ほど前に『自分の感受性くらい』という詩集が出ています。

 ぱさぱさに乾いてゆく心を
 ひとのせいにはするな
 みずから水やりを怠っておいて


 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ

というもので、最後のパンチにやられました。  なでしこ
     

お名前は 「なでしこ」 さまで良いのでしょうか。
コメントをありがとうございます。
「自分の感受性くらい」って、わたくしも大好きです。
アントニオ猪木にビンタされるのは、イヤですが、
茨木のり子にこんな言葉でビンタしてもらえるのは、とても幸せだと思います。
かつて日本にこんな素晴らしい詩人がいたことを誇りに思います。

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