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2011年10月29日 (土)

永井荷風と柳宗悦を比べてみると

さっき、山本鉱太郎『白樺派の文人たちと手賀沼』崙書房出版を読了。

いままでにないアプローチで白樺派をとらえた本で、構成が見事だった。

難しいことをわかりやすく書くのが山本氏の持ち味なので、個々のテーマについては、もっと詳しく書いた本を参考にすればいい。

永井荷風は市川に住み、本八幡の家が終の棲家となったわけで、市川やその周辺の町を歩き、大田南畝の石碑を発見したり、地域の文化レベルの向上に貢献している。

市川は文学の盛んな町として意気軒昂だ。

それに対して、白樺派は風土に根ざした地域文化を作る傾向は薄かったので、今の我孫子に何かを期待しても、なんだかピンと来ない。

山本氏はそのあたりも隠さず、きちんと書いているところに好感が持てる。

ぼくは柳宗悦に大きな影響を受けていると思うが、柳に対する最大の不満はその点にある。

以前山本氏に江戸東京の風景の喪失にこだわる荷風に対して、柳の東京という町へのこだわりのなさについて質問したことがあるが、

作家としての資質が批評家の柳と小説家・詩人の荷風は違うからであると言われた。

確かにそれはわかるが、もっと深い所で、言わせてもらうと、東大を主席で卒業した頭でっかちの柳は宗教心などないのに仏教の専門書を書くスタイルで、ほとんど東京の町を歩いていないのだと思う。それは我孫子でも一緒で、町に暮らしていた形跡が薄い。

それに対して、どこの学校も途中でやめてしまう不良少年だった荷風は、町の淫祠にお参りしながら、ラビリンスに入り込み、頭ではなく自分の足で歩いて、肌で感じたことを書くというスタイルの違いを感じる。

90年代ぼくは柳のとりこだった。

2000年代に入ると、がぜん荷風が面白くなった。

そして、これから一生荷風のファンであり続けることも、改めてよおくわかった。

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