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2011年7月16日 (土)

雑誌「SIGHT」を読んでいたら、荷風の「花火」を思い出した。

永井荷風が「大逆事件」について書いた名随筆「花火」の一部を紹介したい。

明治四十四年慶応義塾に通勤する頃、わたしはその道すがら、折々市ケ谷の通で囚人馬車が五六台も引続いて日比谷の裁判所の方へ走つて行くのを見た。わたし はこれ迄見聞した世上の事件の中で、この折程云ふに云はれない厭(いや)な心持のした事はなかつた。わたしは文学者たる以上この思想問題について黙してゐ てはならない。小説家ゾラはドレフュ一事件について正義を叫んだ為め国外に亡命したではないか。然しわたしは世の文学者と共に何も言はなかつた。私は何と なく良心の苦痛に堪へられぬやうな気がした。わたしは自ら文学者たる事について甚しき羞恥(しうち)を感じた。以来わたしは自分の藝術の品位を江戸戯作者 (げさくしや)のなした程度まで引下げるに如(し)くはないと思案した。その頃からわたしは煙草入をさげ浮世絵を集め三味線をひきはじめた。わたしは江戸 末代の戯作者や浮世絵師が浦賀へ黒船が来やうが桜田御門で大老が暗殺されやうがそんな事は下民の与(あづか)り知つた事ではない──否とやかく申すのは却 (かへつ)て畏多(おそれおほ)い事だと、すまして春本や春画をかいてゐた其の瞬間の胸中をば呆(あき)れるよりは寧(むし)ろ尊敬しやうと思立つたので ある

この中で「自分の藝術の品位を江戸戯作者 (げさくしや)のなした程度まで引下げるに如(し)くはないと思案した。」という部分が特に有名で、よく引用される。
大正八年だから今から90年前に書かれた随筆である。
すでに古典の領域に入る作品だと思っていた。
でも雑誌「SIGHT」を読んでいたら、原子力発電や電力会社に対して日本のメディアがどれだけ自主規制してきたのか、よおおおくわかった。
荷風の苦しみが、まるで同時代の人の苦しみであるかのように、胸にせまる。
「SIGHT」に書いてあることだって、どこまで真実なのかわからない。
けれども原発事故以降次々に明るみに出る隠蔽されてきた事実は誰が真実を語り、誰が嘘つきなのか物語っている。
永田町の住人たちは、次の展望なき菅首相おろしに必死だが、つくづくズレているなって思う。
政権延命のための発言だろうが、なんだろうが、「原発なんていらねえ」って思いは菅直人と一緒なんだよ。
たとえ菅直人をおろしても、原発推進派が首相になれば、デモが頻発するのは間違いない。

荷風さんが素敵なのは、こんな重い内容の随筆を軽やかに語る手腕だ。
大逆事件を語るその手には、押入れの壁紙を貼るための刷毛が握られている。
大上段に振りかぶって演説するのではなく、家事をやりながらツイッターのようにつぶやく。
エンディングが大好きなので、引用して終わろう。

花火は頻(しきり)に上つてゐる。わたしは刷毛(はけ)を下に置いて煙草を一服しながら外を見た。夏の日は曇りながら午(ひる)のまゝに明るい。梅雨晴(つゆばれ)の静な午後と秋の末の薄く曇つた夕方ほど物思ふによい時はあるまい……。

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