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2011年5月21日 (土)

映画「マイ・バック・ページ」の公開を前に思い出したこと

一つ年下の杉浦日向子が亡くなって、そろそろ6年になる。

杉浦日向子は江古田の日大芸術学部出身で、早すぎた晩年は関町に住んでいた。

松岡正剛の「千夜千冊」で宇佐美承の『池袋モンパルナス』を見ていたら、ふと、練馬区にゆかりのふかい杉浦日向子を思い出したのだ。

昭和38年から昭和47年まで、西武線の練馬と豊島園と中村橋駅に囲まれた向山町という町に住んでいた。

松岡正剛は「いまの東京人にはまったく見当すらつかないだろうけれど、明治末期から大正年間にかけては巣鴨・田端をはさんで上野と池袋は、まさに"つながって"いた。」と、書いているが、昭和の池袋と練馬も西武線を介して文化面で繋がっている町だった。

普段は説明するのが面倒なので、東京下町生まれのような顔をしているが、僕の本当の故郷は少年時代の大半を過ごした練馬区だと思っている。

練馬時代の思い出は「ずいひつ流星」に何度も書いて、書きつくしたと思っていたので、消し去ってしまった過去だったはずなのに、『池袋モンパルナス』がいけない。

芋づる式に、いろんな思い出が浮かんでくる。

東京の町に詳しくない方は、ちょっとわかりずらいかもしれないし、今は地域性が薄れてしまったので、余計にわかりずらいけど、僕が子供の頃はまだ、東京にも地域性が色濃く残っていて、ものごころついて最初に住んだ台東区と、引越し先の練馬区では、話す言葉も、住民の暮らしぶりも全く違っていた。

最初は違和感を感じたが、適応力のある子供時代だったので、すぐに練馬のカルチャーに馴染んだ。

「しこうき」は「飛行機」、「おしっこし」は「お引越し」と標準語もしゃべれるようになった。

「君」だの「僕」だのなんていう、しゃらくさい言葉も使いこなせるようになった。

それはさておき。

当時の練馬の空気感は、ちょっと異常だった。

『池袋モンパルナス』の流れをくむ芸術家くずれの漫画家が住む町だったけど、その上に

1960年代のカウンターカルチャーが乗っかって、アヴァンギャルドな雰囲気すら漂っていた。

例えば、今のスタジオジブリ並に子どもたちに大人気だった手塚治虫の虫プロはちょっと足を伸ばして遊びにゆく場所だった。

近所には漫画家の住む家や、芸術家のアトリエが多かったし、近所に住んでよく遊んだ仲良しのSくんは白土三平の息子で、長じてフラメンコギタリストになった。

一番の親友だったTくんのお母さんは高名な子供服デザイナーで、童話「秘密の花園」に出てくるような花園のある家に住んでいた。

武蔵野美術大学に行って、絵の先生をやっていたKくんの家は、お金持ちで大正期のアールデコっぽい洋館だった。

みんな不思議な連中だった。小学生のくせにロックやジャズや映画やアートにめっぽう詳しかった。そして今はみんな消えてしまった。

みんな消えて、平凡な僕だけが何故だかひとり生き残って、雑文を書いている。

そうだ。今、思い返すと杉浦日向子も白土三平と同じガロから出た漫画家だった。

警察官だった父と、息子を高級官僚にすることぐらいしか夢のなかった母は、そんなカウンターカルチャーの嵐の中で、横道にそれがちな息子を心配していたに違いない。

童話でも読ませておけば、清く正しい子どもになると思っていたのだろう。

何も知らずに、中村橋で始めたばかりのいぬいとみこ先生の「ムーシカ文庫」に僕を入れたのだ。

ちょっと長すぎるエントリになったので、ここで一区切りつけよう。

川本三郎原作で近日中に映画が公開される「マイ・バック・ページ」のもとになった、ボブ・ディランのアルバム「アナザーサイド」に入っていた名曲「マイ・バック・ペイジズ」を聴いて、あの時代を思い出すことにする。

僕にとって1960年代の練馬が「マイ・バック・ペイジズ」そのものだからね。

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