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2011年3月21日 (月)

『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 』

震災の悲劇がテレビ画面に映しだされているとき、7歳の娘がひとり、無邪気にはしゃいでいる。

こんな時、子供の無邪気な笑顔は、心の支えになる。

荒んだ心をつかの間、癒してくれる。

昨夜、NHKTVで福岡の写真家井上孝治の特集をやっていた。

黒岩比佐子の著作『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 』をもとに構成した番組のようだが、とてもいい番組で、最後まで見てしまった。

井上さんは福岡の町を舞台に、木村伊兵衛に影響されたような、庶民の笑顔を撮りまくった写真家だった。

特に印象的だったのは、昭和30年代半ばに、沖縄に行った後、町に出て写真を撮ることをやめてしまうこと。

娘さんの話では、道路が舗装されて、道端で遊ぶ子どもがいなくなって、町から子供たちの笑顔が失われてしまったからだという。

沖縄行がそのきっかけになったというのも、なんとなくわかる。

おれは木村伊兵衛が写真館を営んでいた町で育ったから、井上さんの写真にも強く惹かれた。

そこは福岡という遠く離れた町の風景だけど、木村伊兵衛の写真と同じ空気感が漂っている。

でも、一番大事だと思うのは井上さんが写真を撮るのをやめてしまったということ。

昭和30年代半ばなんて、今から考えれば、コンピュータゲームもケータイもなく、子供たちは力いっぱい、体を使って、町で楽しく遊んでいた時代なのに。

そして、大人の手伝いを遊びながらやっていた時代だった。

石炭で火を起こしてストーブを焚いたり、井戸水を汲んだり。

平成時代の町や子供たちを見たら、井上さんはどう思うのだろう。

そして、おれたちはどうやって子供たちを笑顔にしてあげるんだろう。

『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 』を書いた、おれと同世代の作家黒岩比佐子も、もういない。

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