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2011年3月

2011年3月30日 (水)

青春の輝き

中学から男子校で、まともな青春時代などなかったが、高校時代、恋に胸を焦がしたこともあった。

それが三年生の時に大失恋。受験にも失敗し、失意の日々を過ごしていた時に、歌声を

耳にして大ファンになったのが自分と同年代のポニーテールという二人組や三木聖子。

乙女心を描いたら向かうところ敵なしの天才ぶりを遺憾なく発揮していた22歳頃の荒井(松任谷)由実が作った名曲がポニーテール「二人は片想い」と、三木聖子「まちぶせ」だ。

どちらの曲も松任谷由実がセルフリメイクしたり、石川ひとみに歌わせたりしているが、なんといってもオリジナルが圧倒的にいい。

ユーチューブを探していたら、たまたま見つけた。

浪人生からなんとか大学生になって、時間が出来たので、これらのレコードを買おうと、中古レコード屋をハシゴしたけど、当時はとうとう見つからなかったのだ。

二組とも決して上手な歌手じゃない。だから寿命は短かった。

けれども技術うんぬんではない、その歌声を聞くとキラキラとした若い女の生命力を感じる、けなげさが胸にせまってくる。

ポニーテールの一人はすでに他界したそうだし、他の人もとっくに芸能界を引退して、市井の一般人として暮らしている。

彼女たちの、まるで線香花火のような、美しいけれど儚い青春の輝きは、もう見ることは出来ない。

だから余計に切なくなる。自分自身も含めて、二度と来ない青春の輝きを思ったら、涙が止まらなくなった。

2011年3月21日 (月)

『青べか物語』の海

山本周五郎の『青べか物語』という小説を読んだことがある。

昭和初年の頃の千葉県浦安市をモデルに、浦粕という架空の町を作って、そこに住む貧乏で、こすいけれど、イキイキと生きていた住民を描いた傑作である。

そんな『青べか物語』の町浦安市が地震の影響で大変なことになっている。

埋立地の液状化現象がひどく、激しく地盤沈下している。

かつて浦安は自然の恵み豊かな遠浅の海を持っていた。

確か谷津干潟が世界遺産に登録されたけれど、浦安が『青べか物語』の海を残していれば、貴重な海であったことは間違いないだろう。

そこが昭和40年ころから急激に埋め立てられ、地下鉄東西線やJR京葉線が通り、住宅地や東京ディズニーランドが作られたことは、皆さんご存知の通り。

高度経済成長期に膨張する東京の人口を吸収するために、土地が作られることは仕方なかったと思う。

けれども、そろそろ大胆に考え方を変える必要がある。

例えば東京ディズニーランドなど東北の復興のために、仙台あたりへ移転したらどうだろうか。

そして、広重が「名所江戸百景」で描いたような東京湾の美しい海を、『青べか物語』の海を、その跡地こ再現してもらえないだろうか。

幕末の浦安市猫実あたりの風景はこんな風だった。

まるで桃源郷のような美しい風景だと思う。

関東大震災で、東京の町は大きく変貌した。

いまここでやるべきは復旧ではなく、想像力を駆使して新しいビジョンをうちたてることだと思う。

『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 』

震災の悲劇がテレビ画面に映しだされているとき、7歳の娘がひとり、無邪気にはしゃいでいる。

こんな時、子供の無邪気な笑顔は、心の支えになる。

荒んだ心をつかの間、癒してくれる。

昨夜、NHKTVで福岡の写真家井上孝治の特集をやっていた。

黒岩比佐子の著作『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 』をもとに構成した番組のようだが、とてもいい番組で、最後まで見てしまった。

井上さんは福岡の町を舞台に、木村伊兵衛に影響されたような、庶民の笑顔を撮りまくった写真家だった。

特に印象的だったのは、昭和30年代半ばに、沖縄に行った後、町に出て写真を撮ることをやめてしまうこと。

娘さんの話では、道路が舗装されて、道端で遊ぶ子どもがいなくなって、町から子供たちの笑顔が失われてしまったからだという。

沖縄行がそのきっかけになったというのも、なんとなくわかる。

おれは木村伊兵衛が写真館を営んでいた町で育ったから、井上さんの写真にも強く惹かれた。

そこは福岡という遠く離れた町の風景だけど、木村伊兵衛の写真と同じ空気感が漂っている。

でも、一番大事だと思うのは井上さんが写真を撮るのをやめてしまったということ。

昭和30年代半ばなんて、今から考えれば、コンピュータゲームもケータイもなく、子供たちは力いっぱい、体を使って、町で楽しく遊んでいた時代なのに。

そして、大人の手伝いを遊びながらやっていた時代だった。

石炭で火を起こしてストーブを焚いたり、井戸水を汲んだり。

平成時代の町や子供たちを見たら、井上さんはどう思うのだろう。

そして、おれたちはどうやって子供たちを笑顔にしてあげるんだろう。

『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 』を書いた、おれと同世代の作家黒岩比佐子も、もういない。

激しい雨が降る

朝から放射能入りの強い雨が降っている。こんなときは、ボブ・ディランの歌「激しい雨が降る」が聞きたくなる。

キューバ危機の頃に発表された初期の名盤「フリーホイーリン」の代表曲。

おれが初めて聞いたのは、ジョージ・ハリスンが企画した映画「バングラデシュのコンサート」の時だった。

戦争や災害で荒らされた、荒涼とした風景を癒すような優しくて、力強い曲だった。

それにしても、一週間前と今とでは、目に見える風景が一変し、オレたちの心のありようも変わってしまった。

29年も前に発行された経済学者室田武の『水土の経済学』を再読する。

「私たちの生活をよりよいものにしていくには、従来のような石油浪費を改めて、石油消費を徐々に切り下げ、その反面で「薪」という言葉に象徴されるような水と土と太陽の恵みを活かす生活様式を確立していくことが一番である、ということである。」

ほんの一週間前まで、おれが酒を飲んで、こんなこんな話をしたとしても、飲んだ席の戯言、妄言に過ぎなかった。

でも今は、確信を持って語れる。

薪を取れる里山を守り、電力を浪費しないライフスタイルを確立してゆくことが、おれたちのミッションだってこと。

『水土の経済学』が出る数年前まで、明治生まれの祖父は、井戸水を汲んで、毎日裏山で拾ってきた薪で五右衛門風呂を沸かして、入浴していた。

明かりは裸電球ひとつだけ。

湯加減を聞いて、火の調節をするのは、子供の仕事だった。

助けあわなければ風呂ひとつ入れない時代だったけど、それって決して不便なだけではなく、ホントはものすごく幸せなことだってこと、今、確信した。

原発で作った電気も、地震で使えなくなるような都市ガスや水道も、そんな危なっかしいインフラがなくても生活できる。

「コミュニティ」なんて最近官僚がよく使う難しい言葉を知らなくても、町や村に住む人々が助けあう小さな世界がそこには実在していた。

30年以上前、オイルショックの時、今おきていることとよく似た騒ぎが起きて、世情が不安になり、父親たちの世代は不安定な石油に代わるエネルギー源として、原子力に活路を見出したのだろう。

時代はそこまで来ていなかった。

仕方なかろう。

でも、おれたちの世代は父親たちと同じ過ちを繰り返してはいけない。

「子どもたちの、子どもたちの、子どもたちに」バトンを渡さなければいけない。

手渡すバトンが放射能で汚染された水土では、百年の禍根を残す。

今こそ、仲間の叡智を結集して、自分の住んでいる地域で、「水と土と太陽の恵みを活かす生活様式」を、少しづつ実現してゆこう。

一挙に変化することなど無理だけど、百年後の子孫たちに感謝されるように。

2011年3月12日 (土)

「To U」ばかり聴いている

朝起きると、この世のものと思えない、悪夢のような映像がテレビの画面から流れる。

見ているこっちも、茫然自失でぼうっとしたまま、画面に見入る。

ときおり襲ってくる余震によって、現実に引き戻される。

まるで船酔いでもしているかのように、軽いめまいが止まらない。

どうも気分が悪い。

こんなときは、どうも本を読んでもちっとも頭が回らないし、身が入らない。

午後になると、なんだか音楽が聴きたくなる。

こんな時は、BankBandの「To U」がいい。

ガレキの町の映像を見るたびに、 自然と涙ぐんでしまう。

雨の匂いも 風の匂いも あの頃とは違ってるけど

この胸に住むあなたは 今でも教えてくれる

悲しい昨日が 涙の向こうで いつか微笑みに変わったら

人を好きに もっと好きになれるから 頑張らなくてもいいよ

今を好きに もっと好きになれるから あわてなくてもいいよ

筑紫哲也のNews23で毎日流れてた。

一日の終りにふさわしい名曲だと思う。

それにしてもNews23の選曲センスは抜群によかった。

ネーネーズの「黄金の花」や、坂本龍一の「put your hands up」とか。

なんだか、途中からNews23のテーマソングばかり聴いてる。

流れる映像が悲惨であればあるほど、せめて美しい曲を聴きたくなる。

また争いが 自然の猛威が 安らげる場所を奪って

眠れずにいるあなたに 言葉などただ虚しく

言葉は虚しい。

今、僕に出来ることは、犠牲者の冥福を祈ることだけだ。

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