交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月

2011年2月28日 (月)

流鉄さんぽはいかが

2月5日に書いたチーム発見傳は順調に滑りだして、毎日メール会議で忙しい。

かつしかに残る素敵なモノやコトやヒトを発掘しようというプロジェクトなので、これまでいろいろやってきたつもりだったが、まだまだ奥が深い。

今日はデンゾーさんから、セルロイド工業の話がでた。

葛飾区はかつてセルロイド工業で一世を風靡した。

燃えやすいセルロイドは都内の密集地より、ひとけのない郊外の四つ木あたりの方が適していたということらしい。

いまも細々とセルロイド製品は作られていて、ペンケースやメガネケースはレトロな味わいがあり、ちょっと素敵だ。

そういえば、雑誌「散歩の達人」で東葛地域の特集号がでた。

この雑誌を読むと、東葛飾がどんだけ素敵なところかよくわかると思い、早速買ってみたけど、前回の同じ特集に比べて、格段に出来がいい。

前回は流山が入っていなかったのが、マイナスポイント。

しかも視点がピンぼけで、ページ数は44ページで終わってしまい内容も薄かった。

今回はしっかり取材して、充実した記事になっている。91ページまで特集記事で、前回の2倍。

個人的には流鉄の紹介で、懇意にしている「ギャラリーよし」の小坂さんが出ていたことが印象深い。

「ノスタルジック流鉄さんぽ」ってタイトルのページに出ている大きな写真は、後ろに新松戸のマンション群が写りこんでしまうアングルがいまいちだけど、逆流亭のすぐ近くで撮影している。

よかったら、「散歩の達人」と「楽しい東葛ウォーク事典」片手に、流鉄さんぽなど、いかがでしょうか。

馬屋敷緑地の梅もそろそろ開花しますから。

2011年2月19日 (土)

ひとのふり見て、我がふり直す

オイラは生来のひねくれ者なんで、自分の見たことや体験したことしか、信じない。

政府や権威ある学者がもったいぶって流す情報や、立派な思想や宗教のスローガンなんてのが、一番怪しいと思ってしまう。

昨日の朝日新聞朝刊で、昭和50年生まれの若き経済学の先生が、昭和30年代と映画「三丁目の夕日」について、うんちくを語ってる。

実際にその時代を体験していない人間が、語るのだから、ずいぶんとんちんかんな内容で、おいらには笑止千万なトンデモ話に思えるんだが、同世代の連中は納得したのだろうか。

どうもこのお兄さんは、「貧しさの価値」なんぞ認めないようだ。

そんでもって、ホリエモンが新しい時代を切り開くことを期待したという。

オイラと発想が真逆。

お金が無い時に、創意工夫が生まれる。

そして自分では何も創造せず、創意工夫もせず、金が金を生むような世界でしか生きられない、一番古いタイプの資本家に新時代を切り開く能力などあるはずもなく。

まあ、世間知らずのお兄さんへの悪口はこれくらいにして、ふと我が身を振り返れば、戦争など体験していないのに、戦争についてしゃべったり、昭和20年代について書いたりしてないだろうか。

諸先輩方から、トンデモ話語りやがって、なんて思われてないだろうか。

建築家石山修武は著書『世界一のまちづくりだ』で、「貧しさの価値」についてこんな風に書いた。

「敢えて言う。唐桑の人たちが夏の二日間に見せてくれる何ものか、それは貧しさの価値なのだ。貧しさだけが時に光り輝く何ものかを出現させることがある。唐桑の竹の劇場、旗の天幕、手づくりの筏、そこに厳然としてあって、我々の日常生活、大都市の生活からは完全に失われてしまったモノ、それは貧しさだ。さらに言えば、貧しさこそが生み出すことが出来る共同体への夢想(ビジョン)がここに形を成して出現している。」

この本が出たのが17年前、ホリエモンが登場するずっと前だ。

昭和30年代にあって、17年前の唐桑にあったものは、どんどん見えにくくなっているけど、不況にあえぐ今だから、やっと見えてきたものがあるのかもしれぬ。

なんだかそんな気がしてならない。

2011年2月 5日 (土)

チーム発見傳発進す。

慌ただしく1月が過ぎ、もう2月だ。

そろそろ梅がきれいな季節。

今年の旧正月は2月3日だという。

たしかにここ数日寒さがゆるんで、新春という気分がある。

そんな新春気分にふさわしく仲間数人と「発見傳プロジェクト」という活動を始めることにした。

継続的に活動して、これから少しずつ情報を発信して行こうと思う。

まずは活動の趣旨をまとめて、仲間を募りたい。

主な活動エリアは国府台、矢切、柴又を中心に、市川、松戸、三郷、葛飾区にまたがる。

行政の区画だとバラバラになりがちだが、江戸川と矢切の渡しを中心に据えて、その周辺の町で遊んじゃおうというゴージャスな企画である。

5年間地域史を研究してきて、一般的にはフーテンの寅さんと柴又帝釈天くらいしか思い浮かばないこのエリアだが、実は数多くの素晴らしい宝物が埋れていること確認した。

松戸では有名な国の重要文化財「戸定邸」を、案外市川の人は知らなかったりする。

三郷と葛飾区の境を流れる大場川にかかる僕の大好きなレンガ造りの傑作「閘門橋」を三郷の人が知らなかったりする。

明治期以降、徐々に僕たちは鉄道の線路に沿って行動するようになってしまったから、鉄道でつながっていない近隣の町について、無関心になってしまった。

明治になって行政が決めたエリア区分なんぞ、クソくらえである。

人類の長い歴史のほとんどの時代、文化は川を中心に伝わった。

だから、川の周りには面白い歴史や文化がいっぱい詰まっているのだ。

崖の上に立って月を眺めることが好きで、「すみだ川」や「日和下駄」に書くほど渡し船を愛した永井荷風は国府台に住居を求めたという。

運悪く土地を買うことができなかったが、荷風も愛したこのエリアで発見したものを、伝えてゆこう。

じゅんさい池の梅もそろそろ見頃であろう。

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31