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2010年12月

2010年12月31日 (金)

江戸に暮らす・東京に暮らす

自分はちっとも変わっていないのに、周りがどんどん変化して、気がついたら取り残されるなんてこと、ありませんか。

例えばゼミナール連合会議長を経て、超一流の某企業に就職した大学時代の友達。

僕はマルクスって、優秀な学者だとは思うが、基本的に好きなじゃないから、マル経だらけの経済学部のゼミナールにも参加しないで、友達からはノンポリ学生だと言われてバカにされていた。

そのかわり30年前に「ドラッカー!」とか「企業の目的は顧客の創造である!」なんて叫んで、誰からも相手にされなかった。

それが今頃………?!

「クソ食らえ!」である。

実際共産主義なんて、大嫌いだった。もちろん今でも。

ところが、気がつくと、必要に迫られて1920年代の労働運動なんか、一生懸命調べてる。

今年早逝した黒岩比佐子が社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘いを描いた遺著『パンとペン』なんか買っている

とっくにそんなもの卒業した友達からすれば、馬鹿な奴だと思うんだろうね。

だからエリート学生たちが参加した全共闘運動なんて認めない。

高田渡が新宿フォークゲリラの連中をせせら笑う歌を作ってくれたのが、唯一の救い。

ビーチボーイズが最高傑作アルバム「ペットサウンズ」で発表した名曲に「駄目な僕」がある。日本語のタイトルだとわからないけど、ウィキペディアによれば、内容はこんな感じ。

ブライアン・ウィルソンが、自らと世間一般との間に横たわる感覚的な溝について「僕はこの時代に合っていないんじゃないか(I just wasn't made for these times)」と率直な不安感を吐露した曲。

先週は国府台の里見公園にある「夜泣き石」を見に行った。

昨日は鈴ヶ森の刑場に行って、写真を撮った。

残酷なやり方で処刑された犠牲者の霊を慰めようと、隣にある大経寺というお寺にお参りし、賽銭箱にコインを投げ入れたら、「チーン」と不思議な音がした。

なんだか心霊スポット巡りをやっているようだが、本当は昭和や大正や明治や江戸にあって、今は失われてしまった「美しいもの」に出会いたくて、出かけてゆく。

田中優子は『江戸を歩く』の最後に、鈴ヶ森について書いている。

今年最後のエントリを飾るにふさわしい名文を紹介して終わろう。

そして吉原や新町の外側に千住小塚原があるように、品川遊郭の外側に鈴ヶ森があったのである。千住小塚原で絶たれた命は隅田川に解放されてゆくように感じたが、鈴ヶ森で絶たれた命は太平洋に解放されてゆくのであろう。

江戸は確かに周到に作られた都市であったが、閉じられた都市ではなかった。人はここを出ては入り、入っては出て、自らを新たにした。江戸に暮らすということはそういうことであったろう。私にとって東京に暮らすということは、そのようにして生きていった人々に、再び出会うことである。死者と再会することである。そうすることによって、今に生きるこの思いを見つめ直す、ということである。

2010年12月23日 (木)

歴史の本を片手に小金原を歩く

あーあ。

やっと「真間の手児奈」の原稿が終わった。

春から取材を始めて、とっくに書き終えているはずだったのに、二ヶ月のブランクが痛い。

年末までかかっちゃうなんて、完全に想定外。

それはさておき、いままで古代史なんて、全く興味がなく、考古学者だった義父の弟さんとも、まともな話が出来ないまま、他界されてしまった。

ところが、手児奈の伝説を調べるうちに、日本ってなんだろう、日本人ってなんだろうって、考える習慣が出来た。

そして、日本だけでなく世界中の消えていった古代文化に興味がわいた。

例えば北欧のケルトの文化とかね。

縄文時代と江戸時代なんて、関係ないと思っていたが、そうでもないらしい。

中沢新一の『アースダイバー』を読むと、徳川吉宗の鹿狩りの話が出てくる。

鹿狩りは源頼朝が、上方の朝廷に対して縄文人の子孫蝦夷の流れをくむ狩猟民族の矜持を示すために行った一大ページェントだというのだ。

そして、綱吉の動物愛護思想が強かった江戸時代にその鹿狩りを再開したのが八代将軍吉宗。

さらにその舞台は、なななんと、われらが小金原なのである。

その様子を詳しくレポートしているのが青木更吉先生の『小金原を歩く』。

いままでなんてことなく見ていた地元の町が、歴史の舞台として色鮮やかに立ち上がってくる。

『アースダイバー』は東京の町を歩く楽しさを教えてくれる本だけど、歴史の本を片手に、地元の町を歩くのも、ワクワクする。

「真間の手児奈」もそんな思いで、書いてみた。

来春、崙書房出版から「東葛流山研究」として出るので、お楽しみに。

2010年12月12日 (日)

君はいつ「それどころ」になるの

文章を書くのって、癖みたいなもんで、書かなきゃ書かないで、一生こまんない。

志ん生流にいえば「なくったって、なくったって、こまんないもん」だから。

だから書けなくなると、本当に書けなくなって、プロの作家は違うんだろうけど、週末文筆家は、にっちもさっちも行かなくなる。

2ヶ月以上何にも書けなかったけど、研究本の原稿、昨日やっと一つ完成。

あと4本必要。その間に年賀状の原稿も書かなきゃいけないし。

1月末締めきりの文学賞も、ことしはエントリーしたいし、かなりつらい。

ところで、さっきからミニコンポから流れているのはローラ・ニーロの生前最後のアルバム1993年発表の「抱擁」。

これ好きなんだ。ローラそのものも大好き。

容姿も、声も、曲も全部いい。

今まで何遍聴いたろ。

ローラ・ニーロのアルバムがかかるカフェなんてないのかね。

内省的になりたい、晴れた冬の日の午後なんて、ローラを聴きたくなる。

あえてブログには書かないけど、昨日ちょっとつらいことがあって、人間の作る社会ってのは、なんでこんなややこしいことばっかりあるんだろうと考える。

ローラがガンで亡くなった時、ちょっとショックだったけど、ローラの年齢を超えて、僕はまだ生きている。

友達の写真家H君が「世の中があまりにもツマラナイ」とメールをくれた。

確かにつまんない。

そんな人たちの決まり文句は「いまそれどころじゃない」

じゃあ、いつ「それどころ」になるの。

「それどころ」になる日なんて、本当に来るの。

いつまで元気で生きていられると思っているのかね。

いったい、僕の同年代の人は、何をやっているんだろ。

昭和三十年代の日本を覚えている最後の世代として、いま僕たちがやっておくべきことは多いのにね。

2010年12月11日 (土)

暮らしのリズムについて

何だか毎日が慌ただしく、あっという間に一年が過ぎて、もう12月だ。

去年と変わらないのは、まだ老犬が生きているってこと。

キャバリアという心臓に欠陥を抱えた犬種で、15歳まで生きたのは、本当にすごいことなんじゃないかと思う。

少しずつ今まで出来たことが出来なくなって、弱る一方だけど、どっこい生きてるってのがいい。

今日は文章講座で95歳まで作家活動を続けた井伏鱒二のことを勉強した。

前にも書いたが、ぼくは自殺した人が大嫌い。

天才的な文豪だとおもうけど、芥川龍之介や三島由紀夫がいまいち好きになれないのもそのせい。

その点、井伏鱒二の生き方って、理想的だ。

好きなことをやって、よき友や弟子にも恵まれ、周辺になんとなく温かい空気が漂っている。

その点では、小津安二郎に似てるかもしれない。

井伏さんは一見、飄々としているし、簡単そうに書いているけど、ものすごいクリエーターで、「ジョン万次郎漂流記」には舌を巻いた。

すごさがわからないくらいすごい作家で、こんな人、今いるのかしらね。

自分はたいしたことないです、みたいな顔をして、実はさらっと傑作をものにする力量の人。

平成ジャパンでは、「オレ様」ばかり目立ってるね。

まあそれはそうと、スピーカーから高田渡のアルバム「漠」が流れている。

沖縄生まれの詩人山之口漠の作品に渡さんが曲をつけたもの。

これがとってもいい。何遍聴いてもいい。

とりとめのない話が続く。

この一年で最大の発見は、自分が一番大事にしているテーマが「時間論」だってわかったこと。

「時間論」ったって、別に難しい話じゃなくて、日常生活のリズムだったり、四季のうつろいのスピードだったり、音楽におけるリズムだったり。

例えば、国立新美術館と、ブリヂストン美術館の時間の流れ方は明らかに違うし、町にもそれぞれ固有のリズムがある。

落語家だって、それぞれのリズムや間がある。

去年、「路地裏のユートピア」というエッセイを書いた。

そこで発見した暮らしのリズムの問題を、もう一回作品に投影してみよう。

いま、密かにそんな構想を練っている。

残念だった「ゴッホ展」

金曜日の夜、待ちに待った「ゴッホ展」にやっとの思いで、行ってきた。

ロッカーに荷物を入れようとしたら、ロッカーに行列が…。

この辺りからすでに危険な兆候が出ていた。

それでも颯爽と入り口をくぐり抜け、左に曲がったとたん、なんと。

ベタな形容で申し訳ないが、「黒山の人だかり」である。

絵を見るより、妙齢の美しい女性が多いことに目が行く。

三菱一号館のマネの時はおばちゃんの数がすごかった。

ゴッホって、こんなに女性に人気があったのか。

その薄幸な生涯から考えると、天国でびっくりしてるんだろうな。

それはさておき、こんだけ人が多いと、もうダメ。

作品に入って行けない。

あえて勉強しないで見に行き、作品と向き合って魂で対話するのが楽しみなのに、それができない。

子供の頃、人混みの中で「月の石」や「モナリザ」を見た時のことを思い出した。

確かに「アイリス」はすばらしかった。

でも、照明を落とした損保ジャパンの別室にある「ひまわり」と比べると、ああ残念。

大広間の中央に椅子がないのも、減点材料。

企画展のみで、常設の作品がないのは、やっぱり危険だよ。

オルセー美術館展の時も、ちょっと感じたけど、国立新美術館は難しいな。

美術館って、作品の質だけでなく、見せ方も大変重要なファクターなんだって、当たり前のことに今さらながら驚く。

そういう意味じゃ、今まで行った中ではブリヂストン美術館が好き。

入場から30分、ほうほうの体で会場を後にした。

帰りに寄ったB1のミュージアムショップでやっていた日本の若い陶芸家の作品群のほうが、はるかにグッときた。

ちょっと救われた気分だった。

2010年12月 4日 (土)

森さんから「神の国」について、もっと聞きたかった。

昨日、新聞を読んでいたら、東大の政治学の先生が仙石官房長官の「暴力装置」コメントついて、政治家はユーモアが足りないと書いていて、ちょっと面白かった。

さらにネットで見ると、その言葉の原典とされるマックス・ウェーバーの『職業としての政治』について、議論が白熱している。

若い頃、少しだけウェーバーをかじったので、岩波文庫から出ている『職業としての政治』も読んだ記憶があるけど、講演をまとめた本なので、雑駁な内容でウェーバーの著作としてはあまり出来のいい作品と思えず、面白くなかったから、詳しい内容も覚えていない。

したがって「暴力装置」という言葉の可否についてどうこう言う資格はない。

それよりも、民主主義国家にとって危険だと思うのは、「言葉狩り」の問題。

森首相が「天皇を中心とした神の国」発言をしたとき、マスコミはわあわあ騒いで、森首相を退陣させてしまった。

今思えば、あれはとてもまずかったと思う。

森さんの言う「天皇」や「神の国」の中身がどういうものだったのか、政府や自民党に、もっときちんと説明してもらわなければいけなかったし、マスコミも冷静にそれを報道する義務があった。

僕も日本は「神の国」だと思う。

宮崎駿の「千と千尋の神隠し」をはじめとする作品群をみていると、つくづくそう思う。

「日和下駄」を書いた荷風さんに倣って、路地裏を歩いて、淫祠を見つけると、なるべく手を合わせるようにしている。

森さんの考える神の国と、僕の考える神の国と、どこが同じで、どこが違っているのか、そんな知的作業をするべきだったし、マスコミも国民にそのための情報をもっと提供して欲しかった。

森内閣を倒して、こと足れりとしたマスコミや政治家が、今度は仙石さんに襲いかかる。

こうして、臭いものにはフタをしながら、お馬鹿な平成ジャパンの国民はさらにどんどんお馬鹿になってゆく。

まるで格闘技の試合でも予想するかのように、「自衛隊と中国・北朝鮮の兵力比較」といった文言の見出しが表紙で躍るような雑誌が書店に並んでいる。

そんな本を出して戦争をあおるようなことをしている暇があったら、「神の国」や

「暴力装置」について、国民的な議論を深めるような本を出せ。

国民的という言葉は、そういうときに使うんだぜ。

マスコミが、ワンフレーズしか語れない政治家に、本当は実在しない「国民的人気」という呼称の幻想を付与することは、ファシズムだと思う。

「ファシズムに対抗して、社会の木鐸として民主主義を育成する役割を果たす」

マスコミの皆さん。

それが、いや、それこそが、僕たちには入れないような一流大学を卒業して学問を修めたハズの、てめえらのやるべきことだろ。

顔を洗って出直してこい。

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