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2010年11月 3日 (水)

杉山宮子さん追想

文章講座や東葛出版懇話会でしばしばご一緒させていただいた杉山宮子さんが急死された。

僕は文章講座の後、帰る方向が一緒だったので、ここ数年、何度か野々下にある老人ホームまで、送ったことがある。

最後に送ったのは今年の7月ころだろうか。

それから数ヶ月、講座を欠席されていたので、ちょっと心配だったが、涼しくなればまた会えると思っていた。

杉山さんはとても不思議な人だった。

大正時代生まれながら、静岡大学工学部を卒業したキャリアを持ち、ソニーの前身の東京通信工業からの誘いを断り、亡くなったご主人と結婚されたという。

そんな理科系のエリートなのに、北原白秋や佐藤春夫の詩集が好きな、永遠の文学少女で、高貴な精神を持ち続けた人だった。

晩年、流山市立博物館友の会で活躍し、北原白秋の妻江口章子の生涯を描いた『女人追想』という著書を出版した。

若くして家庭に入り平凡な主婦になった女性が、友の会や山本鉱太郎先生と出会って天賦の才を発揮した。

思い返すと友の会という文化団体の存在意義を、最も見事に象徴していた人だったのかもしれない。

同じ流山で晩年を過ごした作家城夏子を尊敬し、城夏子のように何歳になっても、恋する乙女の心を失わなかった人。

「数年前、仲良くしていたボーイフレンドに先立たれた」なんて教えてくれた。

僕は城夏子が師事した長谷川時雨が好きなので、長谷川時雨の『近代美人伝』にちなんで、「東葛美人伝」なんて企画をつくったら、真っ先に登場してもらおうと考えていたのに。

一般の人なら、天寿を全うした年齢だと言えるけど、最近まで理科大や江戸川大に通って勉強していた杉山さんの死は、志半ばの死であるように思えてならない。

森まゆみ『断髪のモダンガール』に自分の名前が出てきたことを教えてあげたら、とても喜んでいた表情がいまも印象に残る。

杉山さんと約束していた一緒に城夏子の本を作ろうという夢も、これでかなわぬ夢となってしまった。

けれども、僕は杉山さんと出会ったおかげで大正時代の女流作家たちに親近感を感じるられるようになった。

いまはそれで十分だったと、心から感謝している。

死ぬまで現役の文筆家で、キャリーバックを持って町を歩き続けた杉山さん。

安らかにお休み下さい。

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