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2010年11月

2010年11月23日 (火)

仙道オペラの不思議な世界

11月23日は樋口一葉の命日だそうである。

その命日にちなんで、小金宿の東漸寺で仙道作三さんのオペラ「ひとりオペラ 樋口一葉 恋の和歌」の公演があったので、見に行った。

7月に仙道さんご本人からお誘いをうけていたので、前から楽しみにしていた。

9月、10月の体調が悪い時期だったら、3時間の公演の間、座っているのは無理だったから、体調が戻ってタイミングもよかった。

雨上がりの東漸寺の紅葉が見事で、久々にワークブーツ履いてガシガシ歩いて、写真を撮りまくった。

これぞ「日本の美」という風情でしょ。

JRは日本中の人を新幹線に乗せて京都に連れて行こうとするけど、こんな身近な場所にだって、素敵な寺があって、ちょっと誇らしくなる。

夜景もたいへん美しいのだが、技術が未熟で、上手に撮れなかった。

それはさておき、オペラの方は、摩訶不思議な世界。

イタリアオペラのアーチストが、一葉の和歌を歌うという。

こういうのを和魂洋才とでもいうのだろうか。

仙道流の美学に裏打ちされた一葉ワールドは、宗教的で江戸の残照というより、古代人のような面影をもった一葉が描かれていた。

自分の好みは竜泉での雑貨店経営を経た後の奇跡の14ヶ月のあたりなので、もうすこしそのあたりを盛り上げてもらうとうれしかったけど、これもまたよし。

「たけくらべ」の冒頭が朗読されると、目頭が熱くなった。

こんな大傑作を書きながら24歳で死んでしまった娘の気持ちが伝わってきたような気がしたから。

同じように、志半ばで亡くなってしまった、多くの友のことも想った。

まだ60代半ばの仙道さんだが、あと10年生きられるかどうかわからないから、出演した若い人に志をつないでゆくのだと話しをされた。

集団就職で秋田県から出てきて、自分の才能を信じて勉強を重ねて、ここまで完璧な仙道ワールドを作り上げた熱意と努力に、大きな拍手を送りたい。

来年の本郷での公演が楽しみになってきた。

2010年11月21日 (日)

さようなら、紙の本。

自宅の本棚があふれている。

去年、80年代から持っていたキリスト教関係書やトルストイ全集、古いビジネス書など千冊近く捨てたけど、そんなのは焼け石に水。

屋根裏部屋まで本だらけだ。

でも、今頃ロシアの勉強会始めるなら、キリスト教やトルストイは捨てなきゃよかったなんて、少々後悔してしまう。

先日亡くなった杉山宮子さんの城夏子関係資料も、もらいたいけど、置く場所がない。

いま会社でやっている5S運動のうち「整理」の第一歩はいらないものを捨てること、だそうだが、書籍はいつどこで世話になるかわからない。

公設の図書館だって、古くて借り手がいなくなった本は、どんどん処分してしまうので、本はなかなか捨てられないのだ。

山本先生のように、自宅の近所に仕事場のマンションを買ってしまうのもありだが、作家として食べているわけじゃないので、そこまでお金をかけるのは難しい。

こうなったら、えーーーい。仕方ねえ。

15年近く前から、検討してきた書斎の電子化を始める最後のタイミングだと、一大決心した。

テキストデータを電子本にする「エキスパンドブック」というソフトを買って、あれこれやり始めたのも、その頃だし、ちょうど津野海太郎が「本とコンピュータ」という雑誌を発行しだしたのも、同じ時期だった。

21世紀に入って、神の国発言で知られるアナクロオヤジの森首相までITだの、なんだのって言い始めると、生来のつむじ曲がりで、時代から逆流し始め、近代以前の古い世界が面白くなって、タイムマシンに乗って江戸ばかり行っておりました。

古い葡萄酒と、古い革袋の両方が面白くって仕方ない時期が続いておりました。

でも、そろそろ時代の先端にもどろうと思います。

で、皆神龍太郎『iPadでつくる究極の電子書斎』なんて、本を見つけて読んでみると、エキスパンドブックの時代から比べて、劇的に読書環境が変化していることがわかった。

気に入ろうが、気に入るまいが、これは時代の大きな流れ。

印刷だってオンデマンドになっているし、数十年後もいままで通りの紙の本だけが世の中を流通してゆくとはとても思えない。

人三倍くらい紙の本が好きで、製本術まで習いに行ったけど、心を鬼にして愛着は捨てる。

さっき、本を効率よくデジタル化する為のドキュメントスキャナが自宅に届いた。

そして、今週中には本を切り刻むための、裁断機が届くはず。

ものすごく残念だけど、もうお別れ。

さようなら、紙の本。

僕は新しい道に進むから。

その先にはきっと、古い葡萄酒を、新しい革袋に入れる楽しさが待っているから。

そうすればトルストイだって、デジタルな世界で生き残れるよ。きっと。

2010年11月14日 (日)

恐るべし。エバレット・ブラウン

最近読んだ本で面白かったのが、パルコ出版から出た松岡正剛、エバレット・ブラウン『日本力』。

パルコ出版なんて、とっくになくなったと思っていたのに、意外な好著を出版してくれてうれしい。

(ちなみに西武セゾン系のリブロポートという出版社は、いい本を作っていたけど、とっくに消えた。)

それはともかく、松岡正剛は対話で実力を発揮する人だということが、よくわかった。前に読んだ『多読術』もよかった。

単著だと、あまりの博識ぶりに書く力が追いつかず、話が飛びすぎて、僕の知力ではついていけないから、どうも読後感がすっきりしない。

その点、対話だと、相手のレベルを推し量りながら論理が展開してゆくので、ちょうどいい案配のスピード感で、話がすすむから心地いい。

特にこの本は、相手役のエバレット・ブラウンというアメリカ人の写真家がいい。

日本語でこれだけ深い内容の対談本をつくれるなんて、驚異的だよ。

外国人から、日本を教わったような気がする。

例えばこんな具合に。

「ぼくが日本の豊かで深い文化や遊び、禅や神道といったものが好きなのは、そこで『自分が消えてゆく』という体験ができるからです。自我というものが消えて、自然と一体になり、人と一緒になる。自分自身が溶けていく文化とでもいえるでしょうか」

「大学生の頃、ぼくは芸術家になりたいと思っていました。けれども、しばらくしてから、どうも違うということに気がつきました。ものをつくるというのは『自己』や『自我』という考え方から生まれた発想です。そうではなく、『生活そのものが芸術になる』のが一番いい。かつての日本-江戸時代や明治の初期の日本では、生活そのものが芸術でした。ぼくは松岡さんの世界に、生活そのものが芸術だった頃の日本を感じます」

これって、永井荷風が生涯かけて伝えようとしたことである。

恐るべし、エバレット・ブラウン。

ゴッホの「ひまわり」を見に行った

金曜日の仕事帰り、久々の美術館通いで、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館へ。

僕のような路地裏愛好家は、新宿西口は大の苦手で、歩いているだけで息苦しくなってくるので、普段はなるべく近寄らないようにしているのだが、たまたま無料券が手に入ったし、藤田嗣治の自画像が展示されるというので、行ってきた。

展覧会はイタリアフィレンツェのウフィツィ美術館自画像コレクション。

お目当ての藤田嗣治の自画像はまあまあだったけど、一番最後に展示してある草間彌生の自画像はよかったなあ。

これを名画というのか、どうかわからないけど圧倒的な存在感。

絶対に家には置きたくない作品だ。

で、そういえば、ここにはゴッホの「ひまわり」があったはずだと、思い出したので、常設の部屋へ行きました。

ありました。

草間彌生が吹っ飛ぶような別次元の「ひまわり」のパワーに圧倒された。

印刷物で見ると、大した作品に見えなかったのに、実物はやっぱり違う。

120年前に描かれた作品なのに、花びらや茎に生気がみなぎっている。

横綱に付き添う露払いと太刀持ちのごとく、左右をゴーギャンとセザンヌが展示してあるが、ごめん、そんなのどうでもよかった。

特別展を見に行ったはずなのに、結局「ひまわり」に打ちのめされて帰ってきた。

次回の美術館通いは当然、新美術館の「ゴッホ展」だね。

2010年11月 7日 (日)

遅ればせながら田中一村展のことなど

以前、デンゾーさんのブログで中谷吉隆氏の「フォト俳句」を紹介していたことがあって、それを見てから、ここ数年来続いていたカメラ買いたい病が更に深く進行していた。

ところが、その後、体調を崩して結局二ヶ月も、無気力状態が続いてしまったのだが、やっと買いました。

ソニーのαNEX-55という小型のデジタル一眼レフカメラ。

まだまだ、いじくり回して遊んでいるだけなので、ブログに載せる写真は撮れていないけど、いじっているだけで、ものすごく面白い。

なにしろ重さが200~300グラム程度だし、本体も小さいので、お散歩の邪魔にならない。

2ヶ月間散歩にもいけず、金曜日の美術館通いなど、とんでもなく、いくつかの展示会を見逃してしまった。

うっかりするとゴッホ展だって、見逃してしまうから、早く行かなくちゃいけない。

そうだ。思い出したぞ。

千葉駅で電車が止まった9月上旬の豪雨の日に、千葉市美術館で田中一村展を見た直後から、体調がおかしくなったんだ。

田中一村展は、信じられないほどよかった。

そういえば、そのあと、一村が晩年暮らした奄美大島があんなことになって、日本中の注目を集めたが、奇しくも豪雨が関係している。

なんだかへんな感じ。

話を戻すと、6歳くらいから異常な才能を発揮した一村はまごうことない天才だと思うが、画壇では地位を得ることが出来ず、長年暮らした千葉市から奄美大島に移住したのだという。

残念ながら、2ヶ月経って、記憶が薄れてしまい、その日の感動を表現する言葉が出てこないのがくやしい。

一村が奄美に移住する直前の千葉で描いた作品の中に、ゴッホや藤田嗣治の傑作に出会った時と同じ、背筋がぞくっとする戦慄を覚えたことだけは、間違いない。

その時から田中一村は僕にとって特別な芸術家になった。

いいものを見ると、自分の中の表現欲がわき上がってくる。

今週末は、金曜日の美術館通いを復活させるぞ。

2010年11月 3日 (水)

杉山宮子さん追想

文章講座や東葛出版懇話会でしばしばご一緒させていただいた杉山宮子さんが急死された。

僕は文章講座の後、帰る方向が一緒だったので、ここ数年、何度か野々下にある老人ホームまで、送ったことがある。

最後に送ったのは今年の7月ころだろうか。

それから数ヶ月、講座を欠席されていたので、ちょっと心配だったが、涼しくなればまた会えると思っていた。

杉山さんはとても不思議な人だった。

大正時代生まれながら、静岡大学工学部を卒業したキャリアを持ち、ソニーの前身の東京通信工業からの誘いを断り、亡くなったご主人と結婚されたという。

そんな理科系のエリートなのに、北原白秋や佐藤春夫の詩集が好きな、永遠の文学少女で、高貴な精神を持ち続けた人だった。

晩年、流山市立博物館友の会で活躍し、北原白秋の妻江口章子の生涯を描いた『女人追想』という著書を出版した。

若くして家庭に入り平凡な主婦になった女性が、友の会や山本鉱太郎先生と出会って天賦の才を発揮した。

思い返すと友の会という文化団体の存在意義を、最も見事に象徴していた人だったのかもしれない。

同じ流山で晩年を過ごした作家城夏子を尊敬し、城夏子のように何歳になっても、恋する乙女の心を失わなかった人。

「数年前、仲良くしていたボーイフレンドに先立たれた」なんて教えてくれた。

僕は城夏子が師事した長谷川時雨が好きなので、長谷川時雨の『近代美人伝』にちなんで、「東葛美人伝」なんて企画をつくったら、真っ先に登場してもらおうと考えていたのに。

一般の人なら、天寿を全うした年齢だと言えるけど、最近まで理科大や江戸川大に通って勉強していた杉山さんの死は、志半ばの死であるように思えてならない。

森まゆみ『断髪のモダンガール』に自分の名前が出てきたことを教えてあげたら、とても喜んでいた表情がいまも印象に残る。

杉山さんと約束していた一緒に城夏子の本を作ろうという夢も、これでかなわぬ夢となってしまった。

けれども、僕は杉山さんと出会ったおかげで大正時代の女流作家たちに親近感を感じるられるようになった。

いまはそれで十分だったと、心から感謝している。

死ぬまで現役の文筆家で、キャリーバックを持って町を歩き続けた杉山さん。

安らかにお休み下さい。

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