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2010年10月20日 (水)

ついに「街角のアカデミー」を見つけたかも。

文化人類学者山口昌男が書いた『敗者学のすすめ』平凡社という本の中に、「街角のアカデミー」という言葉が出てくる。

明治時代の日本には、薩長藩閥政府を中心としたピラミッド型の知識の集積・分散の形態ではなく、敗れた側の旧幕臣を中心とするネットワーク型の知のありようがあったというのだ。

一般にはあまり知られていないが、山中共古、大槻如電、中根香亭、内田魯庵といったところが大御所で、もちろんこのブログのアイドル永井荷風も孤高で狷介なパブリックイメージとはうらはらに、若い頃はかなりのネットワーカーだった。

饗庭篁村、高橋太華、岡倉天心、幸田露伴が参加した根岸党もそうだね。

そんな明治のネットワーカーたちが愛用していたのが、麻布にあった紀伊徳川家の南葵文庫という図書館だったそうだ。

詳しくは山口氏の本を読んでいただくしかないのだが、そんな「街角のアカデミー」にあこがれてから、ずいぶん長い月日が経過した。

昨日、中学・高校の同級生だったK君が日露関係について勉強会を九段の寺島文庫というスペースで開催するからというので、行ってきた。

同級生とはいっても、落第すれすれの不良少年の僕から見ると、別世界のひとだった優等生のK君である。

誘ってもらうだけで、とてもうれしく、とにかくK君に恥をかかせたら申し訳ないという思いで、参加したのだが……。

結果は大正解で、長年探していた「街角のアカデミー」はこれかもしれないと思った。

サラリーマン勉強会のたぐいはずいぶん参加したけど、結局長続きしなかった。

だから、流山市立博物館友の会という、地味な名が体を表していない、強力な北総地域を代表する文化団体に入って、やっと居場所を見つけた気がしたが、こんどは同年代のパワフルなビジネスマンなので、別の意味で緊張感があっていい。

寺島文庫というスペースも素敵だ。

(念のためホームページを紹介するので、参照して下さい。)

寺島文庫とは

最近はサンデーモーニングなどニュース番組のコメンテーターとして、いつも傾聴に値する見解を披露している寺島実郎氏が、蔵書を広く公開するために作った空間で、学長を務める多摩大学のサテライト教室も兼ねている。

古い話で恐縮だが、僕は学生時代、違う学部の野田一夫という教授の押しかけ弟子で、永田町にあったオフィスまで訪ねて、いろいろ教授していただいた。

野田教授はいまをときめくP・ドラッカーの日本への紹介者として有名だが、彼のやった大きな仕事が、多摩大学と日本総合研究所の創設で、寺島氏の活動は、そのいずれとも深い関わりを持つ。

昨日寺島文庫に行った時、30年前に野田教授を訪ねた時のことを思い出してしまった。

そして、優秀なK君と寺島さんと野田先生と、全然優秀じゃないが、好奇心だけはひと三倍くらいあるオレの人生が、何だか不思議な縁で結ばれていると、改めて痛感した。

長い間生きていると、面白いことが起きる。

昨日の勉強会もそのひとつだった。

K君の勉強会が真の「街角のアカデミー」に成長するかどうかは、参加メンバーの気持ちひとつにかかっている。

自分の出来る範囲で、すこしずつ、面白がって、続けていこう。

こんなワクワクする時間と空間をK君が用意してくれたんだからね。

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