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2010年9月

2010年9月26日 (日)

久しぶりに幸田文マイブームです。

風邪が長引いて、1週間以上寝たり起きたり。

こんなの何年ぶりだろう。

ちょっと記憶にないぞ。

佐原病だけでなく、遠距離通勤二年間分の疲れが出ているのかもしれない。

このトンネルを抜けると、ものすごい量の仕事が待ってる。

その前の小休止ということで納得するしかない。

で、この一週間は生ける屍状態で、脳細胞が活動していないのだけど、通算何度目かの幸田文マイブームが始まった。

幸田文って幸田露伴の娘ってレッテルが貼られるけど、一度立ち止まってよく考えると、そんなレベルの人じゃないように、最近思えてきた。

何だか文体が変なのだ。

人間も変だ。

視点が普通じゃない。

作家としては誰の影響も受けていない(かもしれない)。

窮屈そうに見えて、実はものすごく自由。

40歳過ぎて作家デビューするまで、文豪の娘ではなく、酒屋のおかみさんとして、生きてきた。

自分の書くものなど価値がないという地点から出発している。

だから強い。

高田喜佐が書いていたが、キモノの着方ひとつとっても、すごいセンスを感じる。

僕の祖父とぴったり、同じ時代を生きたこの人からしばらくは、明治・大正の日本人を教わろうと思う。

2010年9月20日 (月)

佐原にはノラ・ジョーンズの「ドント・ノー・ホワイ」が似合うと思う。

いま、久しぶりに小説を書こうと準備している。

今回の佐原行きもそのための取材旅行だったのだけど。

かなりやられましたね。佐原には。

で、何をやられたかというと、どうも佐原の旧市街には今時の日本の平凡な地方都市とは違う時間が流れているということ。

そこに気がついた。

佐原の暮らしのリズムがある。

例えばノラ・ジョーンズの「ドント・ノー・ホワイ」なんかBGMに町を歩きたい。

電子音が聞こえない、ゆったりとして、ノスタルジックなサウンドだけど、洗練されて、知的なムードがある。

午後4時30分には閉まってしまう店がある。

午後5時過ぎると次々と店が閉まる。

日没とともに仕事をやめる大陰暦の時間が支配した江戸期までは一般的だった暮らしのリズムが今も生きている。

美酒を造る馬場本店は、町内でしか販売しないという。

松たか子主演のNHKのドラマ「蔵」の舞台になったというのに、そんなことを宣伝するでもなく、町内でしか商売をしない酒蔵がある。

あらゆる企業が拡販競争に血眼になっている平成ジャパンの首都圏にそんな酒蔵が存在していることが、現実離れしているように思える。

さっき佐原を舞台にした映画「うなぎ」のDVDを見終わったが、カンヌ映画祭グランプリ作品というこの映画もどことなくシュールレアリスティックで、幻想的な雰囲気を漂わせている。

昔々、祖父と一緒に早朝霞ヶ浦に漁に出た。

霞ヶ浦の水面に朝日が溶けて、水郷地帯では夕日よりも朝日が美しい。

「うなぎ」にも美しい朝日の中で漁をする場面があった。

なんだか不思議な町、佐原。

沖縄に行って沖縄病に罹って以来の不思議なムードに酔いしれているうちに、熱まで出てしまい、3日間も寝込んでしまった。

もしかすると佐原病という名の風土病でめまいが止まらないのかもね。

2010年9月12日 (日)

佐原:町の記憶

佐原の旧市街から帰ってきて、まだ頭がホットな状態で、うまくまとめられない。

何か不思議な感じが日々強まっている。

いま言えるのは、この町には僕の好きなものが全部揃っているということ。

そして、僕の嫌いなものがほとんど見あたらないということ。

それだけは確認できた。

古本屋も珈琲屋も銭湯も豆腐屋も酒蔵も煉瓦造りの小さなビルそして、水路を行き交う小舟と女船頭も、もちろん古風なソバ屋もすべて揃っていた。

そして、コンビニもパチンコ屋もあらゆる業種のチェーン店も市役所の高い建物もすべて線路の向こうの新市街にあった。

空がぽっかりと広がっている。

江戸の空もこんな風だったのかしら。

広重の江戸百で、いまの佐原の景色に似たのを探したら、こんなのを見つけた。

「愛宕下藪小路」という作品である。

今はビルだらけの芝のあたりの風景だろうか。

江戸に行ったことがないので、江戸情緒がどうのこうのと言われてもピンと来ない。

小江戸だとか、江戸まさりなんて言い方もあまり好きではない。

だって今の日本に江戸と比較出来る都市など存在しないでしょ。

だから、そんなことではなく、今の佐原には僕の嫌いなものがないということ。

イライラすることなく、佐原の図書館で本を読み、大利根博物館で歴史を学ぶことが出来たこと。

そして町の人たちが気さくで開放的なことがなによりも、うれしかった。

無言で人を押しのけ、ぶつかっても無言で立ち去るイナカモノばかりいる東京西郊の雑踏の中を毎日よろよろと歩いている。

そんなくたびれた初老の男が北総のはずれの、家から電車で2時間もかかる田舎町に、いい意味で江戸期から続く都会を感じた。

そして、もしも佐原を江戸まさりというなら、個人商店主たちが、がんばって、町の空気を作っている。

東京のほとんどの町で失われた町の記憶を大事にしている。

そんな所にこそ感じるべきなのかもしれない。

2010年9月 5日 (日)

佐原で暮らす

僕の勤務先には勤続10年ごとやってくるリフレッシュ休暇というのがあり、今年が対象年なので、ひとり旅をすることにした。

一泊なので遠くへ行くつもりもなく、千葉県内で銚子や佐倉や千葉市を見たいと思っていたのだが、いろいろ調べているうちに今回の最大のお目当ては佐原になってきた。

「小江戸」として、川越、栃木と並び称されていることは知っていたし、興味は持ち続けてきたのだけど、「大江戸」に隣接する松戸に住んでいるのに、何も「小江戸」に行かなくてもいいんじゃないかという思いもあり、なかなか行くことができなかった。

ところが江戸川・利根川の水運を調べ始めると、現代の首都圏の町の中で、水運で栄えた町江戸の面影を感じるには、やはり佐原まで行かなくていけないと思った。

それに、子供の頃、古い土蔵などが残る美しい土浦の町から美浦村の生家に向かうときに乗った国鉄バスが佐原行きだった。

好奇心いっぱいの年頃だったから、

このままバスに乗って、佐原という町まで行ってみたい。

何度も思った。

いま写真で見る佐原の町並みは40年以上前の土浦以上に、古き良き時代を感じさせる。

佐原に旅行するのではなく、二日間佐原でひとり暮らす。

佐原の町とそんな出会いがあればうれしい。

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