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2010年8月 3日 (火)

おいらいちぬけた。

野田市を中心に活動する劇団彩が「山中直治物語」という芝居の公演をやるので、見に行ってきた。

僕の姪(弟の長女)が女優デビューするというおまけもついて、ちょっと照れくさいが、一族揃って出かけた。

実話とフィクションが入り交じり、ちょっとどうかなという部分もあったが、全体的にはとても楽しく、見られた。

演出の梅田宏さんはさすがに芸達者で、校長先生の役が堂に入っているし、パンフレットを含めたビジュアルの質も高いので、改めて感心した。

それにしても、山中直治って、全然知らなかったけど、僕はとても興味を持ってしまった。

1906年野田の梅郷生まれで、1937年に31歳で亡くなった、童謡の作曲家だという。

童謡「かごめかごめ」を採譜して全国に広めた人物というが、志半ばにして病に倒れたってことだろう。

もう少し早く生まれていれば、大正時代に間に合ったのに。

鈴木三重吉が児童文芸誌『赤い鳥』を創刊したのが1918年で、廃刊が1935年だから、児童文学や童謡が軍国主義に押しつぶされてゆく時期に亡くなった。

だから、僕たちもこの人のことを知らないのは当然だろう。

最近、小川未明の「赤いロウソクと人魚」を読んだ。

松岡正剛の「日本流」では野口雨情について、学んだ。

戦前の童謡は、現代人には概して暗い歌詞に聞こえる。

野口雨情のちょっと怖い不思議な美意識は、今も残っているのだろうか。

2年前にブログでこんなことを書いた。

雨の夕暮れの屍のような美意識

田中優子は「日本流」の解説で1960年以前に生まれた日本人までは残っていた感覚がいまは、失われたと説いている。

すべての人が、いつでも、明るく、プラス思考で、前向きに、アメリカ人のように!

そんな社会は、なんだか薄気味わるいし、嘘くさい。

おいらいちぬけた。

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コメント

そうなんですか!まさか女優さんを目指していたとは、将来が楽しみですね。
いつかテレビで拝見できるのを楽しみしています。
大変だとは思いますががんばってください。

そういえばデンゾーさんは彼女のこと知ってるんでしたね。
大学のサークルで同世代の人間とやるのも楽しいだろうけど、それよりもプロの役者さんたちと、舞台に立ってしまったほうが、よい刺激になると思い、梅田さんに紹介したんです。
たまたま、タイミングよく公演があり、いきなり舞台に立つことになり…。
姪に限らず、若い人が自分を表現する世界を見つけて伸びていってもらうのが、僕の夢なので、まあ、よかったです。

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