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2010年7月

2010年7月29日 (木)

花火の夜は北斎の絵のようだった。

27日の夜は柴又の花火大会。

最近息子が金町のマンションに引っ越したので、これ幸いと留守中の息子の部屋に上がり込んで、花火見物をした。

花火って、一人で見るモンじゃないですな。

わあわあ、きゃあきゃあ、無意味なおしゃべりを楽しみながら見るモンで、一人でじっとしていると、花火より、夜空に浮かぶ隣のお月様の方が美しくみえてしかたがない。

だんだん飽きてきたので、江戸川の周辺に繰り出す人の波を見ようと、金町を歩くと、ものすごい人混み。

どこからこれだけ人がわいて出てくるんだろう。

浴衣の若いカップルが目につくし、外国人の浴衣姿もあんまり数が多いので、全然違和感がない。

会社帰りのダサイおじさんには、夏の夜を楽しむ多国籍な人々のしなやかさが、うらやましく見える。

最近奥野卓司『ジャパンクールと江戸文化』という本を読んだが、最近の日本のポップカルチャーのオリジナルは江戸文化にあって、海外でも人気をよんでいるらしい。

海外のことはよくわからないけど、僕はあの人混みを見て、葛飾北斎の屏風絵「絵本隅田川両岸一覧」を連想してしまった。

(ちなみに本作品は無料素材サイトのソルマーレさんからの借用です)

僕が10代の頃、高度成長期の隅田川は鼻が曲がるほどのひどい悪臭で、近寄る人もなく、花火大会などとんでもなかった。

その頃「神田川」という歌が流行ったが、神田川の近所の中学に通っていた僕たちには、ドブ臭いイメージの歌で、ちっともいい歌だと思えなかった。

そんな時代からすると、今は隔世の感がある。

水辺を楽しむ暮らしが、すこしづつ戻りつつある。

そんな予兆を感じる。

2010年7月25日 (日)

ダメなゴッホを好きになった。

金曜日は乃木坂の新美術館、今日は深川の現代美術館とあちこち美術館通いが続く。

正直言って、100点の作品を見て、衝撃を感じるのは1点くらい。

さらに魂を揺さぶられるのは、その中のごくわずか。

セザンヌはキュビズムの理論的支柱でどうとか、スーラの点描画法が云々とか言われても、ちんぷんかんぷんで、「猫に小判」状態

知識があればもっと、見所がわかって、色々楽しめるんだろうけど、あえて勉強しない。

40過ぎて初めてジャズを好きになった時のやりかたで、今アートに接している。

とにかくどんどん接するしかない。

そして嫌いなものをどんどん振り落としてゆくしかない。

とても無駄の多いやり方だから、宝を見つけた時の感動は大きい。

新美術館のオルセー美術館2010「ポスト印象派」展にゴッホの作品が展示されるのは知っていた。

みんなが騒いでいるゴッホは曇りない眼で見て、「つまらん」と振り落とそうと考えていた。

ところがくやしいことにゴッホの作品特に「星降る夜」に目が釘付けになってしまった。

隣の「自画像」をみても、同じように、後から後から感動がわき上がってくる。

どうしてこの人はこんなに泣きたくなるような絵がかけるんだろう。

あとで知ったのだけど、この人は生前まったく評価されず、一枚しか絵が売れないダメダメな人だった。

絵で食べるどころか、教会に行って牧師になろうとしても、うまくいかなかったり、何をやっても時代とずれていて、天才であるがゆえの苦しみは、凡才には理解できないのかもしれないが、そこに宮沢賢治の苦しみと同じようなものを感じ、何かとても共感してしまった。

秋には同じ場所で「ゴッホ展」が開催される。

いまから楽しみだ。

2010年7月19日 (月)

だらだらな夏。日本の夏。

はっきり言って、暑い。

夏になると活動的になる人がいるが、自分は逆。

だいたいこんなクソ暑い夏に外にいたら、死んでしまう。

かといって冷房もあんまり好きじゃないので、ぶうぶう言いながら、アヘーってごろごろしているのが一番好き。

(本当は書かなきゃいけない原稿がいろいろあるんだけど、ダメ。

もしこのブログで読んでいたら編集の人、ごめんなさい。)

朝からCDをセットすると、スピーカーから大貫妙子の「Time To Go」が聞こえる。僕の夏はサザンやチューブじゃなく、「Time To Go」の夏なのだ。

エンディングで「それは遠い夏の夢」と歌われる。

すると、頭がぼーっとなって、40年も昔に頭が飛んでゆく。

7月のある日、何をやっても中途半端な取り柄のない少年だった僕に、クラスで一番人気のあった女の子がこっそり手紙をくれた。

いまでもあれは夢だったとしか思えない。

幼すぎて、デートどころか、ろくに話も出来ないまま、お互いに引っ越して消えた初恋は幻想的で、「遠い夏の夢」のようで、僕に手紙をくれたのは本人ではなく、精霊だったのかしら、なんて考えていると、さらに頭がぼーっとしてくる。

本人に会って確かめたかったが、ダメだった。

歳をとって、頭の中の記憶がどんどん増えてゆく。

だから毎日、いろんなことを思いつくけど、記録しないと、どんどん忘れる。

記録っていえば、二年前の夏「新葛飾土産」にこんな記事をかいたことを思い出した。

はっぴいえんどな夏

「Time To Go」を聴くまでは、毎年夏になるとはっぴいえんどの「夏なんです」を聴いていた。それこそ40年近く前からだ。

ユーチューブで若い女性歌手UAとおじいさんになった細野晴臣が「夏なんです」を歌っている。

それを聴いていると、こんどは、頭がくらくらしてきた。

7月生まれだが、北風を切って歩くのが楽しみで、あのクソ寒いオホーツクの流氷館を快適に思う変態的冬大好き人間の自分にとって、精霊が活発に活動する夏はじっとして内省的になる季節。

そうやって、もう会えない祖父や祖母や、友達のことを思い出すのが日本人本来の夏の過ごし方なのかなって、いまになって思う。

海水浴なんて江戸時代は、やんなかったし。

そうだこんなのもあった。

命に乾杯。人生は一度きり

日向子さんと、祖父と、ザ・バンドのリック・ダンコが出てきた。

こうして走馬燈のようにいろんな人が浮かんでは消える。

だらだらな夏。日本の夏。

2010年7月18日 (日)

盂蘭盆会の最中「藤田の乳白色」と出会った。

7月13日江戸東京の盂蘭盆会(うらぼんえ)の迎え盆の日、仕事を早めに切り上げて、八重洲のブリヂストン美術館に行った。

地方では旧暦のお盆が一般的だけど、江戸東京は新暦なのだ。

長沢利明『江戸東京歳時記』吉川弘文館によれば、この時期江戸東京では精霊たちが巷のそこかしこで、うごめいているという。

来年の盂蘭盆会まで自分が生きているという保証など何もない。

来年はこっちも精霊になってうごめいているかもしれないから、都心への定期券を持っている今のうちに何でも見てやろうと、美術館通いが続いている。

1600年に大分県に漂着したオランダ船リーフデ号の乗組員ヤン・ヨーステンにちなんで八重洲と名付けられたこの地にあるブリヂストン美術館には、オランダにちなんでというわけでもなかろうが、昔からレンブラントの絵があって、それを見たくて20年以上前に来たことがある。

その当時は1952年に建った京橋の「ブリヂストン本社ビル」の中にあったので、いまのビルは初めて。東京駅に近くて、とっても便利だ。

夜の美術館はひっそりとしている。

レンブラントもいいが、今回のお目当ては印象派だったので、モネの作品など、ゆったりと腰掛けて、見られるような配慮が気に入った。

モネは離れてゆっくり見ていると、絵が勝手に動き出すことを、西洋美術館で知ったからだ。

印象派以上に、目が釘付けになったのは、藤田嗣治の「猫のいる静物」という一枚の絵だった。

とうとう出会ってしまったという感じ。

先月、何となく林洋子『藤田嗣治 手しごとの家』集英社新書ヴィジュアル版という本にを古書店でみつけて、軽い胸騒ぎを覚えて、中身などまったく読まずに買ってしまった。

不思議な出会いっていうのは、そんな感じでいつも始まる。

さっき、たまたまテレビ東京で写真家マン・レイのことをやっていたので、見ていたら突然藤田の名前が出てきた。

『藤田嗣治 手しごとの家』を読むと、二人は親友で、写真のモデルになったキキという女性を藤田も描いていたという。

僕は何にも知らず藤田の絵の乳白色に惹かれたのだが、どうやら「藤田の乳白色」というのは有名だと、あとで知った。

次なる出会いを求めて、美術館通いはまだまだ続く。

2010年7月10日 (土)

「トリックスター」として生きる

今日は文章講座だった。

小川未明の「赤いロウソクと人魚」がテーマだった。

そのお話の中に香具師が出てくる。

ようするにフーテンの寅さんのような稼業の人。

「トリックスター」って言葉がある。

文化人類学の山口昌男は、周縁的な要素によって世界は活性化されるという「中心と周縁」理論を唱え、中心と周縁を転換させるトリックスターの存在を紹介した。

トリックスターとはウィキペディアの定義では、神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を引っかき回すいたずら好きとして描かれる人物のこと。

寅さんは主人公であるけれど、トリックスターの要素が強い人物だ。

そして。うまくいっている人間集団には必ずトリックスター的存在がいて、周囲を笑いの渦に巻き込みながら、人々の感性を解き放ってくれる。

最近、自分のことを丸出ダメ夫なんて言ってるのも、江戸の戯作者を見習って、そろそろトリックスターになる修行でも始めようかなんて、考えているからだ。

僕には小田健人という自分史上最高のトリックスターがついていてくれるので、個人的には困っていないのだけれど、最近どこへ行っても、出会うのは学生時代からわがままを言わずに、与えられたことをきちんとやってきた優等生ばかりで、どうも具合がわるいのだ。

日本の社会自体が多様性を失って、産業界や官界で努力した人・そこから落ちこぼれた人の2種類に色分けされていっているような気がする。

まるでオセロをやっているみたいに。

いままで、自分にはトリックスター的要素がほとんどないと思い違いしていたのだが、6歳の時、幼稚園で落ちこぼれて以来半世紀近く、落ちこぼれ人生で、青春時代は好きになった女性にふられ続け、周囲を和ませていたことも思い出した。

だから、寅さんに共感するし、トリックスターとして生きてゆく資格、十分かしらんと、ちょっと自惚れてみたりする。

なんだか人生が楽しくなってきた。

2010年7月 8日 (木)

ジャンルは違うけど、20世紀でいうとビートルズ。

丸の内の三菱一号館美術館で開催されている「マネとモダンパリ展」を見てきた。

今日は誕生日だったので、午後から会社をサボって、自分へのバースデイプレゼントとしゃれこんだ。

時間がもったいないので、昼ご飯抜きで見学する。

そこで、ふと思った。

僕はやっぱり、グルメの人にはなれない。

いざとなると、ダンゴより花だもん。

美味しいものより、美しいもの、ワクワクするような空間が好き。

で、マネについてはほとんど予備知識なしだったから、素人の独断なんだけど、画家としてはモネとかルノアールなど後に続く印象派の人のほうが好きだし、上手だと思う。

でもね、マネのすごいところは、大ブーイングの中、たった一人で19世紀の文化革命をやってしまったところ。

マネの開拓した地平の上に僕らはたっている。

ジャンルは違うけど、20世紀でいうとビートルズ。

そして、もっと言うとマネは江戸の浮世絵師たちとも地下水脈でつながっていることを、改めて確認した。

僕は19世紀のパリの都市文化を感じようと出かけていって、江戸の都市文化を再発見して帰ってきた。

それはさておき、帝国主義華やかなりし19世紀の西欧人でありながら、すでに西欧の限界を見据えているような視線を感じる。ちっとも古くさくない。

印象派の若者たちが今で言うインディーズ的活動で、自発的な展覧会を開催したのに対して、サロンという画壇の中で孤軍奮闘し、下品な題材を描くとひんしゅくをかいながら、パリという都市の雑踏の中でいきいきと暮らす街の人々を描き続けたことを知った。

マネの死から20数年後、永井荷風がパリに降り立つ。

荷風が敬愛したゾラやボードレールと親交のあったマネ。

荷風の視線と、マネの視線には共通するものがある。

多分キーワードは「都市」。

今年は印象派の当たり年らしい。

これからすこしずつアートについて、勉強して感じたことを書いてゆきたい。

2010年7月 6日 (火)

久々に七夕飾りを作った。

数日前からJRお茶の水の駅前に七夕飾りがライトアップされて、美しく輝いている。

ふと思うと、ずいぶん長いこと、七夕なんて忘れていた。

クリスマスやバレンタインデーは経済効果とやらがあるので、産業界がワイワイ盛り上げるが、七夕なんて、折り紙や短冊を作っている会社が売り上げを伸ばす程度の話なので、世間でも盛り上がらない。

経済効果とやらが期待できる「なんとか記念日」は盛り上がるのに、七夕のような歴史ある祭が忘れ去られようとしているんだ。

この平成日本では。

そう思うと悔しくなり、いろいろ本を引っ張り出す。

その中で白眉はご存じ歌川広重の「名所江戸百景」。

幕末の京橋界隈のすべての屋根の上で、鯉のぼりのように風になびく七夕飾りが見事だ。

ウィキペディアのライブラリーにあった画像を表示してみる。

町全体がカラフルに、色づいている。

そして、昔はこうやって長い竹の先に飾り付けをつけていた。

キレイだったろうな。

こんな風景を見たら、たまんなくなり、近所の農家に行って、竹を切らせてもらい、折り紙を買ってきて娘と一緒に飾り付けを作った。

長沢利明『江戸東京歳時記』という本を読むと、七夕とはお盆の準備行事だという。屋外に浮遊する名もなき精霊への供物をつるしたと言われる。

確かに「名所江戸百景」にはスイカなんかも描かれていた。

七夕というと、出てくる牽牛と織姫の話が、どうも僕にはピンとこなかったが、そういわれると納得する。

娘には「プリキュアに出てくるムープやフープ、チョッピやフラッピと仲良くする日なんだよ」と言って、納得させた。

ちょっと、違うかもしれないけど、まあいいか。

これを機会に、エネルギーを大量消費する季節感のない生活から、歳時記を意識した暮らしへと少しずつ、方向転換したいな。

2010年7月 4日 (日)

「情報の建築」ってなんだろう。

吉祥寺のブックオフで原研哉『デザインのデザイン』岩波書店 という本を、美しい装丁とサントリー学芸賞受賞書かれた帯と、通常価格50%引きセールに惹かれて買ってしまったのが、先々週の金曜日の晩だった。

それから一週間ちょっとで、三回繰り返し読んだ。

説明するのも、もどかしく思える程の、良書だった。

すべてを語り尽くした評価の定まった名著ではない。

僕と同世代の現役のグラフィックデザイナーが今の時点で、疾走しながら書いたメモのような本である。

だからこっちもじっくりと味わうのではなく、一緒に走りながら読む。

永井荷風の本は一緒に都市のラビリンスに入っていったり、物思いにふけったりするのが、楽しいのだけれど、『デザインのデザイン』のような良書はあまり記憶にない。

浜野安宏の本が似ているといえば似ているが、比べるのが失礼なほど、原研哉の方が遙かに深くデザインと現代社会と近代文明を見つめている。

そして、それをアカデミックな言葉でごまかすことなく、平易な言葉で表現している。

こういう知性をもった人と同時代に生きられる幸せをかみしめる。

少なくとも僕は、この本で初めて自分がどうしてW・モリスに惹かれるのかわかった。

デザインというものが、いろいろ理屈をこねても、所詮はモノの形を体裁よく整えることだと思っていた自分が恥ずかしい。

この本で原研哉が言っていることは、例に出てきたグラフィックやクラフトや建築だけでなく、今の世の中で新しく何かを創造しようとするすべての人にあてはまると思う。

特に気に入った部分のうち、ひとつだけ紹介したい。

「情報の建築」というくだりである

「感覚あるいはイメージの複合という問題について、僕はこんなふうに考えている。デザイナーは受け手の脳の中に情報の建築を行っているのだ。その建築は何でできているかというと、様々な感覚のチャンネルから入ってくる刺激でできている。視覚、触覚、聴覚、臭覚、味覚、さらにそれらの複合によってもたらされる刺激が受け手の脳の中で組み上げられ、僕らが「イメージ」と呼ぶものが出現するのだ。さらには、この脳の中の建築には、感覚器官からもたらされる外部入力だけではなく、それによって呼び覚まされた「記憶」もその材料として活用されている。記憶というものはその主体が意志的に過去を反芻するためだけにあるのではなく、外からの刺激によって次々と呼び起こされ、新しい情報を解釈するためのイメージの肉付けとして働く。つまり、イメージとは、感覚器官を通じて外から入ってくる刺激と、それによって呼び覚まされた過去の記憶が脳の中で複合、連繋したものだ。デザインという行為は、このような複合的なイメージの生成を前提として、積極的にそのプロセスに関与することである。」

ふう。

ちょっと引用が長くなったけど、この本を読んだら、文中で紹介されていた谷崎潤一郎『陰翳礼賛』も一気に読んでしまった。

これは掛け値なしに名著だと思った。

久しぶりに読書に熱中した一週間だった。

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