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2010年6月20日 (日)

君は丸出だめ夫を知ってるかい。

久しぶりに弟夫婦が来て、僕の小学校卒業アルバムが家で見つかったからと言って、返してくれた。

3、4年前少年時代をテーマに小説を書いていた時、いくら探しても見つからなかったモノである。

まるでちょうど40年前のタイムカプセルを開くような気持ちで、ワクワクしながらアルバムを開く。

当時の状況を小説に書いたせいか、懐かしいという感情はわいてこない。

むしろ妙に生々しい感じすら漂う。

ただ、違和感を感じたのは、写真に写っている40年前の自分が他人のように思えること。

友達の時間はそこで止まっているのに、自分ひとりががずいぶん遠くにきてしまったような不思議な気分なのである。

6年1組クラスナンバーワンというページで、ページをめくる手が止まる。

22の項目に分かれて、クラスで一番の人の名前が書いてある。

ユーモア、親切、モテモテ、落語などなど盛り沢山で、一人で何項目も名前があがるすごい人もいる。

もちろん僕はゼロ。

そうか。当時からまったく取り柄がなかったんだ。

たった38人の小学校の学級レベルでも、秀でたモノのない、つまらない男だったんだと、再認識した。

今もよくないけど、昔から人柄も頭も悪かったし。

中学に行って、僕はダメになったんだって、決めつけていたが、すでに小学校時代からダメダメだったのか。

いや、よく考えると、その前の幼稚園時代はもっと、悲惨だった。

直前までいなせな下町少年だった自分は、引っ越した直後に入った幼稚園でお遊戯なんていう、こっぱずかしいまねをさせられることが苦痛で、毎日いじけていた。

僕が幼稚園の頃、丸出だめ夫という劣等生を描いたほのぼのとしたいい漫画があった。

実写版をテレビでもやっていた。十朱幸代のお父さんの十朱久夫がだめ男の父を演じていた。

ダメな主人公を父が作った優秀なロボットが慰めるストーリーだった。

ドラえもんは、ここからヒントを得たのかもしれない。

幼稚園以来、中学・高校・社会人と、僕はほとんどの人生を「丸出だめ夫」として生きてきた。年期が入っているのである。

そんな「丸出だめ夫」にも、いいことがある。

本来の自分が「丸出だめ夫」だったら、少しくらいうまくいかないことがあっても、何もクヨクヨと悩むことなどないかって、何かほのかに明るい希望がわいてくる。

どんどん、気が楽になってきた。

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