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2010年5月 9日 (日)

あめゆじゅとてちてけんじゃ

宮沢賢治には「春と修羅」という詩集があって、その中に「永訣の朝」という作品がある。

高校時代国語の授業で習ったような気がするが、昨日文章講座で取り上げるまで内容はすっかり忘れていた。

だいたい宮沢賢治の詩は有名な「雨にも負けず」は別として、難しくて何言ってるんだかわからないから、敬遠していた。

タイトルの「あめゆじゅとてちてけんじゃ」は、高熱にうなされて、危篤状態の妹とし子の言葉で、花巻地方の方言で雨雪をとって来て下さいの意味だという。

ふーーーーん、そうなのなんて、クールに山本先生の話を聞いていたんだけど、岩手県北上市出身のIさんという女性が岩手の正しい読み方で「あめゆじゆとてちてけんぢや」を発音してくれた時、なんだか自分の中に衝撃が走った。

その言葉の響きの美しさが尋常ではなく、岩手の言葉が神々しく聞こえた。

私と同じように、何かを感じたらしい教室内の女性の数人が、小さく感動の声を上げた。

千昌男のしゃべる「田舎のズーズー弁」という失礼なイメージは、一瞬にして消え失せ、高度に発達した縄文文化の香りを残す、美しい響きで、上品なフランス語のように聞こる。

この感覚、久しぶりだよ。

あれは、16年前に沖縄に行ったとき、閉店間際のホテルの売店で、女子店員が私服になって、三線を弾いて、その音色が店内に鳴り響いたときの、衝撃に似ている。

心の深底の根っこの部分を直撃された。

沖縄の時は茫然自失になってしまい、しばらく沖縄病にかかってしまったのだが、今度は違う。

すこしはこっちも利口になっているので、Iさんと話をすると、やっぱり出ました日高見国の話。

私は中津 攸子『みちのく燦々』新人物往来社を読んで、日高見国と東北の消された歴史を知った。

興味のある人は図書館でも行って読まれるといいとおもうけど、昨日の感動はそれだけでなく、頭で理解しようとしても、ちっとも理解できなかった縄文のリズムとでもいう感覚を心の奥底で感じることが出来た喜びなのだ。

ああ、こういうコトを文章にしても、内容がスカスカで、伝わりにくいな。

やっぱり音じゃなきゃだめなのである。

とにかく我々の知っている頭でっかちな知の体系とは、まったく違う五感を研ぎ澄ませなければ理解できない縄文の知の入り口に、小学生だったある時期に縄文人の感覚を失ってから、数十年かかって、魂の拠り所をもとめて、ワールドミュージックを聴いたり、沖縄に行ったり、あちこちさまよい歩いて、やっとのことで、たどり着いた。

宮沢賢治だけでなく、いままでいくら読んでも理解できなかった本がすうーっと体に入ってくるだろう。

例えば鶴見和子、南方熊楠、柳田國男、鶴見俊輔、山口昌男、折口信夫、中沢新一、その他たくさんの本が新たな出会いを待っている。

そして、岩手だけでなく我々の住む葛飾にも多く残る縄文文化の痕跡をこれから紹介していきたいと、願っている。

いままでの話がちょっと、小難しい話に見えたら、私の文章力不足なのだ。

顔を洗って出直してきます。

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