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2010年5月

2010年5月29日 (土)

アクロス・ザ・ボーダーライン

6歳の娘とお風呂に入って言葉遊びをする。

「い」のつく言葉を思いつくまま二人であげてゆくのだが、娘は次から次へと思いつくのに、こっちは全然ダメ。

日頃、人並み以上に多くの言葉を扱っているつもりなのに、即座に頭に浮かんでくるのは「一斉捜索」だの「一揆」だのと大人じゃないとわからない言葉ばかりだ。

難しい言葉はしらなくても、誰でも知っていることばは、6歳の娘の方がイメージ豊かに使いこなせることに、ちょっとショックをうける。

でも、そんな娘が年頃になり、×××的なんて言葉を使い始めると、急につまらない大人になってゆくのだ。

自分もそうして大人になった。

デンゾーさんが言った「ボーダレス」というキーワードが、最近、気になって仕方ない。

人間はボーダーを作っていろんな分野で専門分化して、近代文明を作ってきたけど、きっとそれも曲がり角に来ているのは間違いない。

多分一番最初にそのことに気づいたのがW・モリスをはじめとする19世紀の思想家たちで、それから100年以上たって、60年代のカウンターカルチャーや、そのあとに、ニューエイジだとかいろんなムーブメントを経由して、誰の目にもわかるほど、近代文明が行き詰まってしまい、ほころびが目立つようになった。

けど、それ以上難しいことはわからないし、わかる必要もないと思う。

熟年世代に入って、残りの人生でひとつだけやっておきたいのは、心の奥底に「ぐぐっと」くる密かな感動を誰にでもわかるような形で、伝えたいということ。

勤め人をやっている時間は仕方ないから、一生懸命働くけど、それ以外のすべての時間は表現者として、生きてゆきたいと思うようになった。

世間の尺度で決める、「才能」なんて知ったことじゃない。

ぼくは中学校時代に、周りの大人から表現者として才能がないと決めつけられた。

けどね。本来すべての人がモリスの言うレッサーアートの表現者なんだよ。

きっと。

上野の西洋美術館にモネの絵を見に行ったら、刺激された。

モネが描いたような身近な水景が好きだし、ここから数キロ離れた真間の入り江に入水した手児名のイメージが欲しくて、国府台のじゅんさい池でこんな写真を撮った。

この写真、緑の美しさや、水のイメージを文章で語り尽くすことなど出来ない。

逆に永井荷風の文章に漂う空気感や、なんとも言えない哀しさを写真で表現することも、難しい。

芭蕉の俳句でもわかる通り、投げられた言葉は乱反射して、大きな波紋となって、イメージを広げてゆくから。

だから、モダンジャズの世界でビル・エヴァンスのピアノと、スコット・ラファロのベースがインタープレイを繰り広げたように、、仲間と時に寄り添い、時に反発し合い、新しい表現方法を作り上げてようって思う。

自分より先に死んでしまった友人たち。

小学生時代の友人だったクラシックギタリストのO君や、同じく小学生時代の友人で葉山で絵を描いていたアーチストのS君、大人になって知り合った建築家の馬之介と一緒にやるべきだったのに、やりのこしたことがたくさんあるから。

「アクロス・ザ・ボーダーライン」というのはライ・クーダーの名曲。

ライ自身が、「パラダイス・アンド・ランチ」というアルバムを皮切りに、それまでのアメリカンルーツミュージックのギタリストというボーダーを軽々と乗り越えて、自分の世界を拡大していった人なのだ。

高校生の頃、なけなしの小遣いをはたいて、出来たての「パラダイス・アンド・ランチ」を買い、初めて聴いた時の不思議な驚きと感動は今も忘れない。

才能がないと決めつけられた、何にも取り柄のない少年に残された、数少ない自己表現手段が、当時誰にも知られていなかったライのようなミュージシャンを応援することだった。

2010年5月23日 (日)

ピアノと音読の楽しみ

先週になるけど、娘の(カミさんもちょっとだけ)ピアノ発表会があった。

場所は森のホール21。

家族だけ呼んだささやかな発表会だけど、僕はこういうのが好きなんだと、再確認した。

普段は別の仕事をしている原賀先生や、カミさんのような勤め人が、音楽という共通分野で、普段とは違う形で輝いているのを見るのは楽しい。

特に原賀先生のチャイコフスキー「くるみ割り人形」は圧巻だった。

年配のロックファンなら、エマーソン・レイク&パーマーの「展覧会の絵」の最後におまけで入っていた「ナットロッカー」ね。

絵本の音読と交互に進めるプログラムで、聴いているうちにウルウルしてしまった。

そういえば昨日書いたスタジオ・ウーにはスタインウェイのピアノがあったっけ。

スタインウェイで先生のピアノ聴いてみたいなんてことも脳裏をよぎる。

東葛出版懇話会の青木裕子さんはNHKアナウンサーで、プロ中のプロだったけど、素人が読んでも本の音読はいいもんだ。

大人になると黙読が当たり前になるが、人類史で黙読が当たり前になったのは、ほんの数百年まえだったという。

その前は、ずうっと長い間、物語は口から口へと語り継がれてきたわけだから。

子供の時に通ったムーシカ文庫が魅力的だったのも、作家のいぬいとみこ先生が本の音読をしてくれたからだと思う。

音読は最近流行のようだけど、一過性の流行といったものじゃない。

大袈裟聞こえるかもしれないが、コミュニケーション手段の大転換かもしれない。

頭で読んで理解した積もりになっていた、自分の鈍い感性を刺激する効果がある。

音楽のように、文学だって本来耳から入って、感性を刺激するアートなんだと、再確認している。

宮沢賢治なんか特にいい。

はっぴいえんどの「台風」なんて、実に宮沢賢治してます。

聴いたことない人は、ぜひ、ツタヤあたりで借りてみて下さい。

国府台にTree-Bが出来た。

土曜日の早朝、老犬の散歩をしながら、若くして亡くなった友達O君のことなど考えていたら、「ボトッ」と音がする。

なんだろうと振り向くと灰色のアスファルトの道路に深紅のバラの花びらが散らばっていた。

上を見ると、道路にせり出すようにたくさんのバラが咲き誇っている。

そんな元気なバラたちよりも、一輪だけ道路に落ちたバラのほうが、ぼくにはキレイに見えた。

彼は飛び降りではなく縊死だったけど、遠くから会いに来てくれたような気がして、不思議な気分だった。

それはさておき、デンゾーさんと奥さんが久しぶりに国府台Tree-Bを復活させたので、行ってきた。

以前より店は狭くなったけど、いろいろ話をすると、アイデアやノウハウがどんどん蓄積していることがわかる。

写真で見ても素敵でしょ。

リンクしているから興味のある人はどうぞ。

ここはきっと面白いスポットになるよ。これから。

話は飛ぶけど、雑誌「ブルータス」が創刊30周年特集を組んでいる。

今朝の朝日新聞にも紹介記事がでていたが、かなりの豪華版。

30年前大学の4年生だったころ、ポパイから卒業しかけていた僕たちには新しい雑誌がでるというので、発売日が待ち遠しかった記憶がある。

表紙には「ポップカルチャーの教科書」というコピーが踊っている。

この雑誌の愛読者ではなかったけど、ふと振り返ると直接間接にかなり影響をうけてきたことを知る。

最近はジミに郷土史を探ったりしているが、自分の発想の原点は毎日を面白く、ワクワク暮らすために、住んでいる町を知りたいということ。

メディアが決めた、どこか有名なブランド的価値のある町にゆくのではなく、自分の住んでいるところでワクワクしたい。

毎日通っている吉祥寺のことを、このブログではほとんど無視しているのも、そんな理由からだ。

O君とお互い大好きだった古い洋画について語り明かした、ワクワクした40年前日々を思い出す。

O君を裏切って私立中学に進み、自分が好きだった多くの世界を失ってから40年たって、「時はもう無駄に出来ない」と思う。

クラプトンの「レイラ」でも活躍したデュエイン・オールマンが事故でなくなって、のこされたオールマンズのメンバーがデュエインに捧げた名曲が「時はもう無駄に出来ない」という曲だった。

なんとなく今の気分にぴったりの曲だ。

久しぶりに聴いてみるか。

2010年5月22日 (土)

柏のスタジオ・ウーに行った。

水曜日に柏のスタジオWUUで東葛出版懇話会があった。

勤め先が変わってから、参加できなくなっていたので、1年半ぶりだ。

このブログの前のエントリーでケルトのことをちらっと書いたけど、この集まりではケルト文化研究の第一人者鶴岡真弓さんも来てくれたのに行けなかったのが残念だった。

それはさておき、今回はNHKのアナウンサー青木裕子さんの朗読で林芙美子「風琴と魚の町」をやった。

やっぱり、朗読はいい。

小説が立体的に見えてくる。

ドラマや映画は俳優の顔や演技がイメージを壊すことがある。

新藤兼人の「墨東綺譚」は残念な映画だった。

津川雅彦はいい役者だけど、荷風のイメージとはちがう。

主演女優は全然ダメ。

もっと透き通ったイメージの美少女が演じてくれないと、ただのポルノ映画になってしまう。そもそも原作には濡れ場シーンなんて出てこないのに。

またまた話が脱線した。

で、二次会で知り合ったのが、スタジオ・ウーを作った小柳満雄氏。

スタジオ・ウーは「柏」に於ける芸術文化の「創造・向上・発展」を目指してオープンしたというが、町をよくしたいという情熱がすごい。

柏という町は東葛地域でも一番元気な町だと思っていたが、中心市街地の空洞化という現象はここも例外ではないようだ。

つくばエクスプレスと大型ショッピングセンターが旧い町を壊してゆくという現象がここでも起きていた。

浅草や秋葉は人が集まり空前の活況を呈しているが、浅草や秋葉本来の良さも失われてゆく。

そして、やがて浅草や秋葉も飽きられてゆくのであろう。

その時のために、今から準備しなくちゃなんて、早世したマイケル・ブレッカーの「ニアネス・オブ・ユー」を聴きながら思う。

2010年5月15日 (土)

汝の立つところを深く掘れ、其処に泉あり

朝早く起きてしまったので、散歩に出かける。

鴬の声に惹かれて、馬屋敷緑地を歩く。

今年初めての鴬の声だ。

新緑の木々の間から洩れてくる青臭い匂いが鼻孔をくすぐる。

いい香りとは言えないけど、自然の力強さを感じて、ちょっとワクワクする。

馬屋敷緑地から大谷口歴史公園へ歩いてゆく。

早朝なのでほとんど、人とすれ違うこともない。

この公園はもともと小金城という高城氏の古城だった。

西国から来た豊臣秀吉の軍勢に滅ぼされて、そのまま数百年、雑木林になっていた。

公園といっても、遊具など何もない。

江戸期に整備されたような石垣などあるわけでもなく、巨大な落とし穴のような堀があるだけの、滅ぼされた側の哀れさを感じる場所である。

でも、僕はこんな大谷口がだんだん好きになってきた。

「汝の立つところを深く掘れ、其処に泉あり」

沖縄学の創始者伊波普猷の言葉だそうだ。

先月から市川の真間の手児名の伝説を調べて、自分の立つところで、せっせと穴を掘っていたら、数十年間探し続けていた巨大な地下水脈を発見してしまった。

この地下水脈は、時間と空間が自由自在に、あちこちに繋がっているので、水の流れに乗っかれば、どこへでも行ける。

昨日はケルトへの旅が出来ることもわかった。

ウィリアム・モリスがアイスランドに行ったことが、どうしてその後の活動につながっているのか、意味がわからなかったのだけど、やっと理解出来た。

以前、デンゾーさんに教えてもらった印西市のナチュラリストケビン・ショートさんの本『ドクターケビンの里山ニッポン発見記』に古いヨーロッパのケルト文化について書いた箇所があった。

いま読み返すととても興味深い。

さんざん手垢がついて、みんなわかったつもりになっている手児名伝説は、まだまだ謎だらけである。

2010年5月 9日 (日)

あめゆじゅとてちてけんじゃ

宮沢賢治には「春と修羅」という詩集があって、その中に「永訣の朝」という作品がある。

高校時代国語の授業で習ったような気がするが、昨日文章講座で取り上げるまで内容はすっかり忘れていた。

だいたい宮沢賢治の詩は有名な「雨にも負けず」は別として、難しくて何言ってるんだかわからないから、敬遠していた。

タイトルの「あめゆじゅとてちてけんじゃ」は、高熱にうなされて、危篤状態の妹とし子の言葉で、花巻地方の方言で雨雪をとって来て下さいの意味だという。

ふーーーーん、そうなのなんて、クールに山本先生の話を聞いていたんだけど、岩手県北上市出身のIさんという女性が岩手の正しい読み方で「あめゆじゆとてちてけんぢや」を発音してくれた時、なんだか自分の中に衝撃が走った。

その言葉の響きの美しさが尋常ではなく、岩手の言葉が神々しく聞こえた。

私と同じように、何かを感じたらしい教室内の女性の数人が、小さく感動の声を上げた。

千昌男のしゃべる「田舎のズーズー弁」という失礼なイメージは、一瞬にして消え失せ、高度に発達した縄文文化の香りを残す、美しい響きで、上品なフランス語のように聞こる。

この感覚、久しぶりだよ。

あれは、16年前に沖縄に行ったとき、閉店間際のホテルの売店で、女子店員が私服になって、三線を弾いて、その音色が店内に鳴り響いたときの、衝撃に似ている。

心の深底の根っこの部分を直撃された。

沖縄の時は茫然自失になってしまい、しばらく沖縄病にかかってしまったのだが、今度は違う。

すこしはこっちも利口になっているので、Iさんと話をすると、やっぱり出ました日高見国の話。

私は中津 攸子『みちのく燦々』新人物往来社を読んで、日高見国と東北の消された歴史を知った。

興味のある人は図書館でも行って読まれるといいとおもうけど、昨日の感動はそれだけでなく、頭で理解しようとしても、ちっとも理解できなかった縄文のリズムとでもいう感覚を心の奥底で感じることが出来た喜びなのだ。

ああ、こういうコトを文章にしても、内容がスカスカで、伝わりにくいな。

やっぱり音じゃなきゃだめなのである。

とにかく我々の知っている頭でっかちな知の体系とは、まったく違う五感を研ぎ澄ませなければ理解できない縄文の知の入り口に、小学生だったある時期に縄文人の感覚を失ってから、数十年かかって、魂の拠り所をもとめて、ワールドミュージックを聴いたり、沖縄に行ったり、あちこちさまよい歩いて、やっとのことで、たどり着いた。

宮沢賢治だけでなく、いままでいくら読んでも理解できなかった本がすうーっと体に入ってくるだろう。

例えば鶴見和子、南方熊楠、柳田國男、鶴見俊輔、山口昌男、折口信夫、中沢新一、その他たくさんの本が新たな出会いを待っている。

そして、岩手だけでなく我々の住む葛飾にも多く残る縄文文化の痕跡をこれから紹介していきたいと、願っている。

いままでの話がちょっと、小難しい話に見えたら、私の文章力不足なのだ。

顔を洗って出直してきます。

2010年5月 4日 (火)

葛飾ボーダレスアート・ミュージアム

国府台でデンゾーさんから聞いたボーダレス・アートっていう発想が面白くて、いろいろイマジネーションがわいてくる。

そういえば小田健人の友人にOさんというソープランド好きな障害者がいる。

仕事中の事故で右手を失ったのだが、若い頃から年金をもらい、親と同居しているので、食うには困らず、まあいっちゃあ何だが、あまり実のある暮らしをしているわけじゃあない。

デンゾーさんのボーダレス・アートっていうのが面白かったのは、決して障害者を甘やかすのではなく、税金を使って障害者にチャンスを与えて、税金を払える人に育てるという発想なのだ。ボーダレスなアートってなんだ?

Oさんが暮らす世界とは対極にある世界だと思う。

そして、昨日も書いたけど、ボーダーレスは行政が勝手に決めた境界線も越えるものだ。

行政が善意でやっていることでも、納税者に対して便益を提供する義務があるから、壁を越えるのは難しい。

葛飾区で生まれ、三郷に20年近く暮らし、松戸も通算20年近い。

荷風さんが暮らした市川には妹や友達が住み。流山には友の会の仲間が大勢いる。

江戸川沿いの旧葛飾郡の町はどこも自分のふるさとだと思っている。

関さんの森で千葉大の中島さんから教わったエコミュージアムという考え方も、市町村単位で発想するのではなく、地域丸ごとミュージアムという考え方で、強く共感する。

一昨日行った不忍ブックストリートの一箱古本市も同じような考え方だから、面白い。

山下清を世に出した式場隆三郎が作った式場病院のほど近くで、オープンするTree-Bが新しい地域創造の拠点となることを願う。

2010年5月 2日 (日)

やばいぞ。一挙に散歩日和

4月30日から5月2日の3日間でいったい何キロ歩いたんだろ。

多分20キロ以上歩いたのかな、

でも、それだけの価値のある3日間だと思うな。

この3日間の白眉は今度リニューアルオープンするカフェ&ギャラリーTree-Bの星さん。

「ボーダレス・アート」っていうキーワード。

星さんの「ボーダレス・アート」は国府台で自分の生きる道を見つけた山下清のように、障害者と健常者の境を消し去る壮大なコンセプト。

でもね。僕は今日思ったの。

市町村といった行政の壁を越えるのもボーダレスじゃないかって。

谷中・根津・千駄木っていう町に行ってきたのだけれど、森まゆみさんたちが素敵なのは、台東区と文京区っているボーダーを超えて「谷根千」を作ったから。

市川も松戸も葛飾区も関係なく、水郷都市「葛飾」を愛してくれる人なら、寅さんだけでなく、「野菊の墓」も「真間の手児名」も愛してくれるよ。きっと。

だから、荷風忌という市川市が関わっているイベントの中で、市川だけで100万人の人を集めて税金を町に落とそうなんて、つまらぬ計画を公の場で言われても、ちっとも面白くない。

身も蓋もないじゃん。

葛飾でみんな集まろう

縦割りの行政なんぞ。

くそくらえだよ。

市川で文学館という箱物を作ろうとしてる人たちがいる。

その志はりっぱで、素敵だと思う。

でも、箱はいらない。

もう、絶対にいらない。

ねえ。民間で、個人の力で出来ることをやろう。

一箱古本市という町中を古書店にしてしまうイベントに参加して、改めて思う。

そんな。活動だったら。

おれは万難を排して飛んでゆくから。

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