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2010年4月17日 (土)

水景が美しい小さな町鰭ヶ崎を歩いた

季節の変わり目だからか、疲労からくるのか、定期的に声が出にくくなる。

そんな時に診てもらう東浦和の漢方医クリニックに行った帰り、南流山で電車を降りて、鰭ヶ崎の町を散歩することにした。

久しぶりに東福寺に寄ってみたくなったのである。

空海が開山したという古刹の趣のある急な石段が好きで、年に数回は訪れてみたくなる。

鰭ヶ崎という地名の由来にもなった龍の伝説が残るこの寺とその周辺を歩くと、この辺りが、水と関わりの深い土地だということを改めて思い出させてくれる。

水景の美しい町が好きな私にとって、流山に数多ある古刹の中でも、ここは別格なのだ。

境内には左甚五郎作と言われる彫刻「目つぶしの鴨」がある。

そして坂川治水の石碑がある。

坂川の氾濫に悩まされた坂川上流の村人たちは、鰭ヶ崎の名主であった渡辺庄左衛門を中心に、多くの困難と闘いながら松戸市のはずれ栗山まで坂川を掘り継いだ。

流山だけでなく、江戸川沿いの低地にある町は、水と親しみ、水と戦ってきた。

鈴木恒男さんという民俗学者が書いた『真間川百年 都市河川の変貌』という本によれば、市川も真間川の氾濫で、苦しんできた歴史があることを知った。

そういえば市川の真間山にある弘法寺と東福寺はどことなく似ている。

桜の花びらを踏みしめながら、境内をぶらぶらした後、東福寺を辞して、鰭ヶ崎の駅まで歩く。

ここから小金城址駅まで歩いても、10分程度で、電車を待つ間に着いてしまうのだが、ここでのんびり電車を待っている時間が好きだ。

発展するTXと南流山駅のかたわらで、ひっそりと走る流鉄の鰭ヶ崎駅は私のお気に入りの場所のひとつだ。

この町について以前書いたことがある。

ネコが邪険にされず、のんびりと暮らせる町

駅のすぐ隣にある丸十というパン屋は、店構えは古ぼけているが、なかなかおいしいパンを作る。

近所には住宅街の中にひっそりとたたずむ東吾というソバ屋もある。

流山にはソバ屋の名店が多いが、私はこの東吾が一番おいしいと思う。

ただ、子連れで気楽に入るような店ではない。

大人のための隠れ家のような店なので、一人か二人で行き、美酒と手打ちソバを楽しむ場所なのである。

それはさておき、待つこと十数分、電車がホームに入ってきた。

電車が坂川の鉄橋を渡るときに、振り返って鰭ヶ崎方面の空を眺めると、悲しくなるほど夕映えが美しい。

こでが小金八景のひとつ「横須賀の夕照」である。

最後に大好きな「横須賀の夕照」を見ることが出来た。

たった一時間程度の小さな旅だったが、とても満ち足りた気分で家路についた。

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