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2010年4月

2010年4月24日 (土)

妙なるピアノの調べ

久しぶりに気持ちのいい朝。

半年続いた大嫌いな通信教育も終了。

これからはしばらく江戸文学に浸るぞーーーー。

雨月物語でしょ、春色梅ごよみでしょ、小林一茶に蕪村もいいな。

あ、もちろん荷風の研究もあるし、森茉莉や城夏子や林芙美子も読みたいし。

美術館や博物館めぐりにも行きたい。

『江戸名所図会』と広重の『名所江戸百景』を買ったから、東京下町や市川方面に写真も撮りにゆきたい。

5月2日には不忍ブックストリートの一箱古本市もあるから、ついでに小田健人と一緒にソバや酒やコーヒーを楽しまなくちゃいけないし、やりたいことだらけだよ。

などと息巻いていると、なにやら階下から妙なるピアノの調べが聞こえてくる。

いつもの妻や娘のピアノじゃない。ははあ、原賀先生が弾いてくれているのね。

って納得した。今日は先生が来てくれて、レッスンしてくれている。

こんな気持ちのいい朝に、先生のピアノを聴けるなんて、超ラッキーだよ。

原賀先生は東邦音大出の凄腕ピアニスト。電気楽器と違って、ピアノのようなアコースティックな楽器は生の音で聴かなくちゃ本当の良さはわからないからね。

以前このブログにも書いたと思うが子供の頃、路地裏から三味線の聞こえる花街根岸で育った。

物売りの声、子供達の歓声、洗濯する女たちの声や水音、ときおり現れるちんどんやの奏でるとぼけた音楽、そんな町の音が「楽しい生活のリズム」を作っていた。

そんな音たちがなくなり、日本中が電子音と車やバイクから出る騒音しか聞こえないような町になってしまった。

まだあまり知られていなかったドビュッシーを日本に紹介するほど音に対する感性がずば抜けて鋭い永井荷風が、今生きていたらどんなことを感じるのだろう。

荷風の死から50年たった今、荷風が住んだ東葛飾の片隅で、ぼくたち大人は、子供達のためにどんな音風景を残して行けるのか、そんなことを考える。

乗客が激減している流山線がワンマン化して、車内アナウンスも機械音に切り替わった。

それを時代の流れとして受け止められないで、必死にもがいている自分がいる。

2010年4月17日 (土)

水景が美しい小さな町鰭ヶ崎を歩いた

季節の変わり目だからか、疲労からくるのか、定期的に声が出にくくなる。

そんな時に診てもらう東浦和の漢方医クリニックに行った帰り、南流山で電車を降りて、鰭ヶ崎の町を散歩することにした。

久しぶりに東福寺に寄ってみたくなったのである。

空海が開山したという古刹の趣のある急な石段が好きで、年に数回は訪れてみたくなる。

鰭ヶ崎という地名の由来にもなった龍の伝説が残るこの寺とその周辺を歩くと、この辺りが、水と関わりの深い土地だということを改めて思い出させてくれる。

水景の美しい町が好きな私にとって、流山に数多ある古刹の中でも、ここは別格なのだ。

境内には左甚五郎作と言われる彫刻「目つぶしの鴨」がある。

そして坂川治水の石碑がある。

坂川の氾濫に悩まされた坂川上流の村人たちは、鰭ヶ崎の名主であった渡辺庄左衛門を中心に、多くの困難と闘いながら松戸市のはずれ栗山まで坂川を掘り継いだ。

流山だけでなく、江戸川沿いの低地にある町は、水と親しみ、水と戦ってきた。

鈴木恒男さんという民俗学者が書いた『真間川百年 都市河川の変貌』という本によれば、市川も真間川の氾濫で、苦しんできた歴史があることを知った。

そういえば市川の真間山にある弘法寺と東福寺はどことなく似ている。

桜の花びらを踏みしめながら、境内をぶらぶらした後、東福寺を辞して、鰭ヶ崎の駅まで歩く。

ここから小金城址駅まで歩いても、10分程度で、電車を待つ間に着いてしまうのだが、ここでのんびり電車を待っている時間が好きだ。

発展するTXと南流山駅のかたわらで、ひっそりと走る流鉄の鰭ヶ崎駅は私のお気に入りの場所のひとつだ。

この町について以前書いたことがある。

ネコが邪険にされず、のんびりと暮らせる町

駅のすぐ隣にある丸十というパン屋は、店構えは古ぼけているが、なかなかおいしいパンを作る。

近所には住宅街の中にひっそりとたたずむ東吾というソバ屋もある。

流山にはソバ屋の名店が多いが、私はこの東吾が一番おいしいと思う。

ただ、子連れで気楽に入るような店ではない。

大人のための隠れ家のような店なので、一人か二人で行き、美酒と手打ちソバを楽しむ場所なのである。

それはさておき、待つこと十数分、電車がホームに入ってきた。

電車が坂川の鉄橋を渡るときに、振り返って鰭ヶ崎方面の空を眺めると、悲しくなるほど夕映えが美しい。

こでが小金八景のひとつ「横須賀の夕照」である。

最後に大好きな「横須賀の夕照」を見ることが出来た。

たった一時間程度の小さな旅だったが、とても満ち足りた気分で家路についた。

2010年4月12日 (月)

市川と井上ひさし

井上ひさしが亡くなったという。

土曜日の晩か日曜日の朝か忘れたが、たまたま市川にゆかりの文学者を調べていたら、井上ひさしってずいぶん長い間市川に住んでいたんだねなんて、感心していた。

そして、永井荷風に憧れて市川に住んだことも、初めて知った。

樋口一葉や江戸の戯作者に関する著書があることを知って、そろそろ腰をすえて井上ひさしを読まなきゃなんて思っていた矢先の悲報である。

花柳小説を書いたわけでもなく、表面的には異質な感じがするが、心の中にユートピアをもち、権力に対して反骨精神を持ち続け、演劇との深い関わりなどを考えると、もしかしたら、この人こそ一番深い部分で永井荷風の真の後継者かもしれないと思う。

今、流山に住んだ城夏子という作家について、調べ始めているのだが、市川と井上ひさしの関係も大変興味深い。

葛飾地域にはまだまだ面白いことがたくさんある。

そして、井上ひさしに合掌。

毎日見ていた「ひょっこりひょうたん島」は小学生だったぼくたちの心の奥深く浸透し、あるべき社会のロールモデルとして大きな影響を与えたと思います。

そういう意味で、あなたはぼくたち世代の共通の父だったのかもしれません。

楽しい記憶をありがとう。

2010年4月11日 (日)

普請中です

ブログの引っ越しをして、なかなか思うようにいかず、現在普請中の状態が続いている。

リンクは切れてしまうし、古い写真は消えてしまうし、当たり前だがいただいたコメントも消えた。

ニフティサーブ以来の伝統をもつココログは、なくなることなんかないよね。きっと。

ところで、先週の土曜日に『断腸亭日乗』の文庫本を買ってから、ずうっと読んでる。

中身が濃いので、拾い読みするような内容でもないし、わからない単語も多くて、自分の無教養さを思い知る毎日。

電子辞書があるといいのかもしれない。

日乗を読むと、荷風って人は強靱な精神の持ち主だと改めて痛感する。

そして、世の中に対して一切借りを作らない生き方を徹底していた。

威張らないし、おごり高ぶることも大嫌い。

なのに、何で悪く言われるのだろう。

嫌う人が多いのだろう。

荷風のことを知れば知るほど、好きになる。

荷風に比べると、同じように時流におもねることを拒否した柳宗悦も教祖のようになっていった晩年の姿は俗っぽいぞって思う。

今年は市川に行って、荷風の足跡をたどってみようと思う。

もっともっと、まだ見ぬ荷風の姿に接することが出来るかもしれないから。

2010年4月 4日 (日)

手より先に脳が出る人たち

誰のブログだったか忘れたが、ちょっと印象的な言葉があった。

その人は「口より先に手が出る」ではなく「手より先に脳が出る」のだという。

そこで二三日前に気がついたのが東京大学を卒業した人たちに注意しようということ。

これは自分にとって小さな大発見(ちょっと変だけど)だと思う。

もしかしたらこの世には東京大学を卒業した人と、(自分のような)そうじゃない人というという二つの人種がいるのかもしれない。

ずいぶん長い間、沢山の本を読んできた。

そのうちの少なく見積もっても1割以上は東京大学を卒業した人の著書だと思う。

日本の人口の何パーセントが東京大学を卒業した人(以下東大出と呼ぶ)なのかしらぬ。

でも自分の読んだ本に対する東大出の著者の割合は、それを著しく越えていることは間違いないだろう。つまり一般人の中ではめったに見かけない東大出が、本の世界にはごろごろしているってこと。

例えば、まえにこのブログでモリス主義者小野二郎の文章を悪文だと書いたことがある。

小野二郎は頭がよすぎて、思考能力に文章が追いついていかない。

本来あるべき文章から、必要な箇所を三つも四つもふっとばして、「手より先に脳が出る」状態のまま、疾走し続け、人生も駆け抜けて、あたふたとあの世に行ってしまったような気がする。

例えばモリスに関連する論考で唱えた「趣味の思想化」という有名な言葉がある。

小野はいくつかの論考で手を代え、品を代え、説明しているが、何度読んでもどうしても腑に落ちなかった。

最近、持田叙子(ちなみに慶応大学大学院終了)の『荷風へようこそ』と『永井荷風の生活革命』を読んだら、目から鱗が落ちるように、納得した。

江戸人たちがそうしたように、住んでいる家や庭を中心にとした自分の日常生活そのものを面白可笑しく、芸術にしてゆくこと。

荷風(ちなみに現在の東京外語大除籍による中退)がエッセイ『妾宅』で、モリスに関連してちゃんと書いてくれてるじゃん。

小野は知っていてわざと荷風を無視したのだろうか。

東大出は、簡単なことを難しく書く。

日常的な些細なこと(でもそれが大事)でも抽象化してまとめなきゃ、気が済まないのかな。

まるで東大出はそうしなきゃ沽券に関わるとでも思っているだろうか。

自分が柳宗悦(もちろん東大出、確か主席だったかも)の著作や生き方に抱いていた不満もそう思えば、納得がいく。

日本における最大かつ最高のモリス後継者として柳は名高い。

モリスについて言及した多くの本にそう書いてある。

まるで不変の真理でもあるかのように。

だから自分がモリスを理解するためにはどうしても避けて通れぬ高い山だと思っていた。

そして、それが全くの間違いだということを知った。

柳は自分も繰り返し言っているとおり、モリスなどほとんど評価していない。

荷風ファンの間で評判が悪いと言われる小門勝二(もちろん東大出ではない)の『永井荷風の生涯』という本を最近読んだが、荷風に会ってインタビューした実際の聞き書きなので、荷風の話し言葉が印象に残り、とても面白かった。

荷風評論なら東大出の磯田光一や川本三郎といった偉い人たちが大手出版社から出した本が正しいと思っていた。

僕はこれらの人の著書をこれからも愛読し続けるだろう。

けれども同時に小門勝二の著書も愛読し続ける。

もうこれからは東大出にはだまされない。

2010年4月 3日 (土)

春風の中、松戸を歩いて

二年間付き合ったジャストシステムのブログサービスが3月31日で終わった。

ジャストシステムなら間違いなかろうと、信じた自分が浅はかだったことを知る。

URLが引き継がれないので、リンクが切れて、ブログを見られない。

海外の会社にデータは引き継がれたが、10月に有料になるというおまけ付きだ。

いっそこの際、一から出直そうとココログというニフティのサービスに変更した。

諸行無常とはいうけれど、このブログが一日でも長く、永井荷風『断腸亭日乗』のように、私が死ぬまで続けられるようにと願う。

それはさておき、15年も着続けたジャケットがだいぶ草臥れてきたので、春風の中、松戸の伊勢丹に行ってジャケットを買った。

一人で来たことだし、それだけじゃあ、つまらないので駅前の堀江良文堂に立ち寄った。

あったぞ。

『楽しい東葛ウォーク事典』が平積みになってる。

どんどん売れて欲しい。

とってもうれしいので、恩返しとばかり、岩波文庫のコーナーへ。

あったぞ。

上記の永井荷風『断腸亭日乗』上下を買う。

全集を普段持ち歩くのは辛いので、この荷風の主著を拾い読みしかしておらず、いつの日かじっくりと読めるようにと、文庫本で買いたかったのだ。

そういえば、もう40年近く前の中学生の頃から、この店を利用しているなあ。

ここでずいぶん沢山の本を買った。

今も忘れないのは1984年に晶文社の石山修武『秋葉原感覚で住宅を考える』をこの店で買ったこと。

この本で、ぼくはウィリアム・モリスを知り、石山さんの仲間たちとのコラボでセルフビルドの家造りの世界にのめりこんでいった。

次々と近隣の本屋が消えてゆく中で、ここが残っているのが、せめてもの救いだ。

おおたかの森の紀伊国屋もいいけど、やっぱし、地元の本屋が一番。

ウキウキした気分で、大好きな荷風の『断腸亭日乗』を携えて町を歩くと、ビルだらけの殺風景な町も、少しばかり素敵に見える。

これも松戸という町の底力なのだ。

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