小野二郎追悼文集『大きな顔』の思い出
このところ本が買えない。
書店を一時間くらいブラブラしていても、何も買わずに帰ることしばしば。
こんな時は心身共に調子が悪い証拠である。
調子がいいときは新刊書店どころか、ブックオフに行ってもあっという間に、5冊、10冊くらい手の中に入っているのに。
友人の小田健人と会って、「スムース」という雑誌の晶文社特集の話が出て、先日やっぱり吉祥寺の本屋で見たのに「スムース」を買えなかったことを思いだした。
図書券があったので、意を決して、「スムース」を購入。1990年代前半片っ端から晶文社の本を買っていた時期があったことを思い出す。
そんな素敵な出版社も出版不況のあおりをうけて、活動を縮小するという。
「就職しないで生きるには」シリーズや、「日常術」シリーズは全部買った。
橋本憲一の魚や酒の本も、村瀬春樹さんのハウスハズバンドの本も、石山修武の「現代の職人」も、水牛くらぶの「モノ誕生」も、もちろんモリス主義者小野二郎の難解な作品もみんなみんな大好きだった。
「スムース」を読んでいるうちに、忘れかけていた自分の中の本好きの虫が活動し始めていることに気づく。
「スムース」に「あなたの好きな思い出に残る晶文社の本」というコーナーがあったので、はて自分にとっては何が一番だろうかと考えた。
はて、なんだろう……。
思い出に残るといえば、やっぱり「大きな顔」だな。
非売品の「大きな顔」は「小野二郎著作集全3巻」を予約するともらえる小野二郎の追悼文集なのだが、そんなことを全く理解しない愚か者の僕は、発売から10年ほどたって品薄状態の小野二郎著作集をあちこちの本屋で買いそろえると、晶文社に電話して「全3巻買いました。大きな顔を下さい」と、それこそ「大きな顔」で言ってのけたのだ。
今思えば当たり前だが、晶文社の人は「差し上げられないんですけど…」と電話口の向こうで困っていたが、非常識な客をもてあましたのか、貴重品の「大きな顔」を送ってくれた。
今では冷や汗ものだが、貴重な本を無料で送ってくれた晶文社には生涯感謝し続けているし、僕にとってはどんなにお金を積まれても売ることの出来ない宝物である。
「大きな顔」も「小野二郎著作集全3巻」も繰り返し、繰り返し読んで、線を引きまくって、ぼろぼろになった。
平野甲賀の手による美しい装丁は見る影もない。
でも、モリス=小野二郎という晶文社の作った世界は、多分これからも僕の中で生き続ける。
そして、こんな特集を組んでくれた「スムース」の心意気がうれしい。
自分の日常も厳しい状況だけど、辛いのは自分だけじゃない。
ふと気がつくと、少しだけ元気になっていた自分がいた。
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