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2010年2月14日 (日)

「限りある人生をふざけて生きる自由」

全然詳しいわけじゃないけど、以前、江戸戯作について書いたことがある。金曜の夜だから江戸戯作にしてみよう

昨日、文書講座で(杉浦日向子に言わせると江戸戯作ではなく、江戸小説だという)式亭三馬『浮世風呂』をやったのだが、参加した人たちのリアクションに強い違和感を感じた。

真面目で立派な人たちのあつまりだから、仕方ないのだが、現在人の視点で江戸戯作を評価して、力づくで道徳的な世界に引っ張り込んで納得したといった空気が漂っていた。

高校生の頃、授業がつまらないので鉛筆を転がして、机の上でゲームをやっていた日本史の時間、突然耳に飛び込んできた戯作者たちのペンネームは驚異的だった。

神聖なる教室で「山手の馬鹿人」なんてふざけたペンネームが謹厳実直な先生の口から語られるおかしさは最高だった。

そのとき、ちょっとだけ日本文学史に興味をもった。

古典の授業には出てこないから、どんな内容の本なのかわからないが

「なんかこの人たちは違う。劣等生の自分にも共感できるものがあるに違いない」

そう思った。

先生や親には反抗せず、こっそりいたずらする不良少年だった当時のぼくは馬鹿馬鹿しい内容の個人新聞のようなものを作って、身近な級友たちに回覧し、喜ばれていた。

現物がないので、不確かだが戯作者風のペンネームを使って書いていた記憶がある。

そのまま宮武外骨のような人になって、親を困らせておれば、もう少し違った人生もあったのかもしれないが、心を入れ替えて30年間も真面目に勤め人をやってしまった。

だからこそというべきか、江戸戯作にはこだわりがある。

今思えば、永井荷風や杉浦日向子に関心を抱いたのも当然なのかなという気がしてくる。

この国ではコイズミやアソーのような一番偉い人たちはふざけてもいいけど、庶民はふざけちゃてちゃいけないのが決まりだ。

幕府を滅ぼした新政府の偉い人たちは、明治になると、身分の低い人が立身出生するために努力する装置をこしらえて、向上心のない江戸っ子を根絶やしにしようと虐殺までしてきた。

数年前に流行った「江戸しぐさ」という本にそんなことが書いてあった。

そろそろぼくたちも「限りある人生をふざけて生きる自由」を取り戻していいんじゃないかな。

大企業信仰から解放されて、自分の価値観を大事にする今の若い人たちを見るとちょっとだけ希望を感じる。

もう幕府の瓦解から150年近い歳月が流れた。

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