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2010年2月

2010年2月20日 (土)

上野は僕のこころの町だ

小田健人が「上野って過小評価されてるよね」という。

確かにそうだ。

上野の隣町というと東は浅草、西は谷中・根津・千駄木、南は秋葉原で、隣町はどこもTXや地下鉄に乗って観光客が押し寄せて、大盛況なのに、上野といえば新幹線が東京駅発着になるとか、駅前の大食堂聚楽がなくなったり、どちらかというと後ろ向きの話題が多い。

「アメ横だけ語られて、わかったつもりになっちゃう」

上野はたいへんゴージャスな町だ。

杉浦日向子は浅草を「部厚く豪勢な町」と評したけれど、上野は浅草以上にゴージャスな町だと思う。

徳川時代の初期に寛永寺を創建した天海という天台宗の坊さんが、江戸の庶民のためにデザインしたとてつもなく面白い町で、日本最初の地下鉄だったり、デパートの前身の勧工場だったり、博物館だったり、時代の最先端をいくものと、重層的に重なる歴史や文化の重みが同居している町だ。

グルメ散歩、文学散歩、歴史散歩、建築散歩と各種散歩のスポットには事欠かないし、単純に不忍池や動物園や博物館・美術館を楽しむだけでもいい。

もちろん、アメ横やコリアンタウンでお買い物もいい。

思い返せば、学生時代のバイト先も上野池之端だったし、妻と初めて出会った場所も上野広小路の風月堂本店だった。

高校のクラブの忘年会も毎年上野でやっている。

超個人的には彰義隊の墓と、どら焼きのうさぎやと、あんみつのみはしが必ず立ち寄りたくなるポイント。

どれもメジャーで、ちっとも通好みじゃないな。

いろいろ考えると、東京の町でどこが一番好きかといったら、やっぱり上野なんだと再確認した。

僕は5歳の時に台東区から郊外に引っ越したカントリーボーイなので、なんとなく緑が多い、広々とした場所の方がくつろげる。

だから、台東区に住みたいとは思わないが、だからこそ何度でも行きたくなるそんな町上野が好きだ。

小野二郎追悼文集『大きな顔』の思い出

このところ本が買えない。

書店を一時間くらいブラブラしていても、何も買わずに帰ることしばしば。

こんな時は心身共に調子が悪い証拠である。

調子がいいときは新刊書店どころか、ブックオフに行ってもあっという間に、5冊、10冊くらい手の中に入っているのに。

友人の小田健人と会って、「スムース」という雑誌の晶文社特集の話が出て、先日やっぱり吉祥寺の本屋で見たのに「スムース」を買えなかったことを思いだした。

図書券があったので、意を決して、「スムース」を購入。1990年代前半片っ端から晶文社の本を買っていた時期があったことを思い出す。

そんな素敵な出版社も出版不況のあおりをうけて、活動を縮小するという。

「就職しないで生きるには」シリーズや、「日常術」シリーズは全部買った。

橋本憲一の魚や酒の本も、村瀬春樹さんのハウスハズバンドの本も、石山修武の「現代の職人」も、水牛くらぶの「モノ誕生」も、もちろんモリス主義者小野二郎の難解な作品もみんなみんな大好きだった。

「スムース」を読んでいるうちに、忘れかけていた自分の中の本好きの虫が活動し始めていることに気づく。

「スムース」に「あなたの好きな思い出に残る晶文社の本」というコーナーがあったので、はて自分にとっては何が一番だろうかと考えた。

はて、なんだろう……。

思い出に残るといえば、やっぱり「大きな顔」だな。

非売品の「大きな顔」は「小野二郎著作集全3巻」を予約するともらえる小野二郎の追悼文集なのだが、そんなことを全く理解しない愚か者の僕は、発売から10年ほどたって品薄状態の小野二郎著作集をあちこちの本屋で買いそろえると、晶文社に電話して「全3巻買いました。大きな顔を下さい」と、それこそ「大きな顔」で言ってのけたのだ。

今思えば当たり前だが、晶文社の人は「差し上げられないんですけど…」と電話口の向こうで困っていたが、非常識な客をもてあましたのか、貴重品の「大きな顔」を送ってくれた。

今では冷や汗ものだが、貴重な本を無料で送ってくれた晶文社には生涯感謝し続けているし、僕にとってはどんなにお金を積まれても売ることの出来ない宝物である。

「大きな顔」も「小野二郎著作集全3巻」も繰り返し、繰り返し読んで、線を引きまくって、ぼろぼろになった。

平野甲賀の手による美しい装丁は見る影もない。

でも、モリス=小野二郎という晶文社の作った世界は、多分これからも僕の中で生き続ける。

そして、こんな特集を組んでくれた「スムース」の心意気がうれしい。

自分の日常も厳しい状況だけど、辛いのは自分だけじゃない。

ふと気がつくと、少しだけ元気になっていた自分がいた。

2010年2月14日 (日)

「限りある人生をふざけて生きる自由」

全然詳しいわけじゃないけど、以前、江戸戯作について書いたことがある。金曜の夜だから江戸戯作にしてみよう

昨日、文書講座で(杉浦日向子に言わせると江戸戯作ではなく、江戸小説だという)式亭三馬『浮世風呂』をやったのだが、参加した人たちのリアクションに強い違和感を感じた。

真面目で立派な人たちのあつまりだから、仕方ないのだが、現在人の視点で江戸戯作を評価して、力づくで道徳的な世界に引っ張り込んで納得したといった空気が漂っていた。

高校生の頃、授業がつまらないので鉛筆を転がして、机の上でゲームをやっていた日本史の時間、突然耳に飛び込んできた戯作者たちのペンネームは驚異的だった。

神聖なる教室で「山手の馬鹿人」なんてふざけたペンネームが謹厳実直な先生の口から語られるおかしさは最高だった。

そのとき、ちょっとだけ日本文学史に興味をもった。

古典の授業には出てこないから、どんな内容の本なのかわからないが

「なんかこの人たちは違う。劣等生の自分にも共感できるものがあるに違いない」

そう思った。

先生や親には反抗せず、こっそりいたずらする不良少年だった当時のぼくは馬鹿馬鹿しい内容の個人新聞のようなものを作って、身近な級友たちに回覧し、喜ばれていた。

現物がないので、不確かだが戯作者風のペンネームを使って書いていた記憶がある。

そのまま宮武外骨のような人になって、親を困らせておれば、もう少し違った人生もあったのかもしれないが、心を入れ替えて30年間も真面目に勤め人をやってしまった。

だからこそというべきか、江戸戯作にはこだわりがある。

今思えば、永井荷風や杉浦日向子に関心を抱いたのも当然なのかなという気がしてくる。

この国ではコイズミやアソーのような一番偉い人たちはふざけてもいいけど、庶民はふざけちゃてちゃいけないのが決まりだ。

幕府を滅ぼした新政府の偉い人たちは、明治になると、身分の低い人が立身出生するために努力する装置をこしらえて、向上心のない江戸っ子を根絶やしにしようと虐殺までしてきた。

数年前に流行った「江戸しぐさ」という本にそんなことが書いてあった。

そろそろぼくたちも「限りある人生をふざけて生きる自由」を取り戻していいんじゃないかな。

大企業信仰から解放されて、自分の価値観を大事にする今の若い人たちを見るとちょっとだけ希望を感じる。

もう幕府の瓦解から150年近い歳月が流れた。

2010年2月 6日 (土)

金子勝『新・反グローバリズム』を読んで

金子勝『新・反グローバリズム』岩波現代文庫を読んだ。

経済学書など近年はほとんど読まなくなっているので、社会科学系の専門書を読むのはほんとに久しぶり。

本来経世済民の学であったはずの経済学が、経済学史に疎い一般の人に対して、何でも自由競争にすればすべてがうまくいくような時代遅れの幻想を与えて、現在の大不況と経済格差の時代を作り出し、真面目に働いてきた人たちを不幸のどん底に突き落とした罪は大きい。

この本を読んで、改めて思うのはコイズミ時代とそれに続く自民党政権の末期、アメリカのパパ・ブッシュならぬバカ・ブッシュにしっぽを振って、自分では何もクリエイトする能力のないホリエモンなんぞを持ち上げている間に、本来日本が進んでいた環境方面の技術で諸外国に遅れをとってしまったことが、痛い。

痛すぎることがわかる。

「失われた10年」が「失われた20年」になってしまったという。

自らの意志で政治に参加することを放棄して、視聴率さえとれればいいマスコミが作り出したコイズミ劇場なんぞに乗ってしまい、そんな連立与党に政権を与えていた自分たちが悪いのだ。

政治家は退屈な存在でいい。

庶民が心安らかに暮らせるように、目立たぬ場所で仕事してほしい。

政治家にカリスマ性など不必要で、へんてこりんなリーダーシップなど発揮されるのはまっぴらごめんだ。

若い頃すこしばかりかじった社会科学の泰斗マックス・ヴェーバーはカリスマ的支配という言葉を前近代的なマイナスイメージでとらえていた。

だからぼくもカリスマという言葉に、いまだに嫌悪感を覚える。

コイズミを熱狂して支持したような著名人たちが、こぞって小沢一郎を独裁者と呼び攻撃している様は異常で、滑稽で、特別な意図があるとしか思えない。

小沢一郎など好きでも嫌いでもないが、あの人たちにつぶされるのだけは断じて許せないから、ひそかに応援している。

小沢氏はさておき、札束を保管する金庫を持っていないぼくら貧乏な庶民に必要なのは、17世紀に地方分権のエコロジー国家を作り上げた江戸期の日本に学んで、地域固有の産業や文化を作り出してゆくこと。

それを地道にやってゆくより他に、この荒廃した国土と人心を立ち直らせる方法はないように思う。

楽しく、美しく、地域固有の文化を発見し、産業をつくり出してゆく。

400年前の父祖たちに出来たのに、ぼくたちに出来ないわけはない。

今年はそのために自分に何が出来るか、見極める重要な年になる。

デジタル化時代の「生活の柄」

流山線の新型車両に乗った。

すると車内アナウンスで機械仕掛けの女性の声が流れてきた。

ここでもまた一つ、人間の仕事が消えていった。

正月に旧知の友人Sさん夫妻と新年会をやった時、デザイナーだったSさんの兄がコンピュータ化について行けず、身も心もぼろぼろになって、数年前になくなった話を聞いた。

ミュージシャンの世界でも同じような現象が起きているとも聞く。

パソコンは便利な道具だが、機械はしょせん機械である。

創造性の領域は人間ならではの領域なのに、クリエイティブな仕事が機械によって奪われてゆく。

6歳の娘と一緒に見ていたテレビアニメ「フレッシュプリキュア」の結末はとても興味深いものであった。

悪役のラビリンス国総統メビウスという男は、実は人間作り出したコンピュータで、ラビリンスの人たちは、自分で判断することをやめ、メビウスの決めたとおりに行動し、緑豊かな世界を、灰色の世界にするためにプログラムされた行動をするというストーリーだ。

子供の頃に見た手塚治虫の「鉄腕アトム」でも考えるロボットが出てきて、人間に対して攻撃してくるという話があった。

「フレッシュプリキュア」はアニメの世界だけど、このストーリーはぼくの胸の奥に突き刺さった。

いまNHK教育テレビで高田渡を特集しているけど以前、高田渡について書いたことがある。

「生活の柄」という歌があったよね

著書『バーボン・ストリート・ブルース』でも読んだが、テレビ番組を見ると、高田渡はホントに貧乏な暮らしをしていたんだってわかった。

だから生活の柄という浮浪者の歌もリアリティがあって、本物の歌だけがもつ底力がある。

戦後もだいぶたって生まれたぼくなど、貧乏だったといっても満足にお菓子が買ってもらえない程度の貧乏で、大したこっちゃない。

でもね、パソコンがウィンドウズになった頃から始まった生活のデジタル化はものすごい早さで、ぼくたちの生活を壊しているような気がする。

産業革命による生活破壊に異を唱えた19世紀イギリスのW・モリスのように、ぼくたちはこれからデジタル化に対抗する(というよりコントロールしてゆく)「生活の柄」を意識して暮らしてゆかなければいけない。

そうしないと、都心に比べれば、なんとか緑が残り、古い家並みも残るぼくたちの葛飾地域だって、あっという間にラビリンスのような国になってしまう。

デジタルリマスターによって鮮明になったビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デピー」を聞きながら、そんなことを思った。

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