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2009年10月11日 (日)

とうとう森鴎外が来た

このところ森鴎外がマイブーム状態である。

なにを今さら、大文豪じゃんと、石が飛んできそうだが、鴎外の作品はいまだかつて、一つも読まないようにしていた。

文章講座で「舞姫」をやるというので、仕方なく読み始めたのである。

よく考えると、鴎外というひとは自分にとって一番身近な文豪で、短期間だが、自分の古里根岸に住んでいたらしいし、根岸では、地元の炒り豆屋によく豆を買いに来たという話も残っている。

大学生の頃、鴎外の旧居近くにある中華料理店で、長い間バイトをしていたので、無縁坂や不忍池のあたりもなじみの場所だった。

でもね。軍人としてもエリートで、大文豪なんて言われりゃ、そんな偉い人になれっこないこっちは、お近づきにはなりたくないので、敬遠してした。

ところがこの人の年譜を見ると、勤め人の仕事と、家庭と、文学の狭間の中で、苦労しながら、力を蓄えて、晩年になって爆発的に作品を発表したことを知り、何か親近感を感じた。

「舞姫」を読んだら、「雁」を読みたくなって、「雁」を読み終えた時には、完全に鴎外がマイブームになっていた。

生まれてから五十年以上も鴎外を読まずに過ごしてきてしまったことに軽い後悔の念を抱いた。

絶望的に暗い結末の鴎外デビュー作「舞姫」はヒロインのドイツ女性エリスの内面が、もうひとつうまく描けていないような気がするが、50歳過ぎてから発表された「雁」は、美しく、切なく、どこか優しく、ほのかな希望もある。

特に主人公のお玉という女性の内面的な発展が生き生きと描かれている。

だから、ほろ苦い結末なのに、どこかほのかな希望も感じる。

いま、タイミングよくBGMでディランの「マイ・バック・ペイジズ」が始まった。

暗闇坂の下で過ごした青春の光と影を思い出しながら、この辺でおわりにしよう。

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