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2009年8月 5日 (水)

杉浦日向子の分まで生きる。

今勤めている職場は三鷹市下連雀という町にある。

仕事の都合で、自転車に乗り、町を走り回る。

ずっと昔はのどかな田園風景だったらしいが、そんな風景はとっくの昔に幻となり、今は平凡な住宅地が続いて、ろくすっぽ蝉や野鳥の鳴き声も聞こえないクソ面白くもない町だ。

(それに比べて我が町小金城址の自然はなんて素敵なんだ!)

そんなつまらぬ町内に、60年くらい前、太宰治が住んでいたことを知った。

どおりで吉祥寺の本屋が妙に太宰の生誕100年だって力が入るわけだ。

そんな基礎的なことも知らないくらいで、僕は太宰治という作家には全く興味がわかない。

それなのに、山本鉱太郎先生は今週の文章講座で「斜陽」を取り上げるという。

思い切って青空文庫で「斜陽」を読んだが、数行読んだだけで放棄した。

残りの人生で何冊の本を読めるかわかったもんじゃないのに、こんなもん読んでらんないよ。

仕方がないので、東京人別冊「三鷹の太宰治」を読んで、サイドアタックしたけど、やっぱし駄目だ。

こうなったら好きになる努力は放棄して、どうして嫌いなのか考えてみた。

きっと理由は一つ。

自殺したから。

それも昨今はやりの練炭自殺に通じるような、無責任でしだらない死に方をしたから。

家も、友人も、家族も何もかも失い、さんざん世間から非難されながら明治・大正・昭和を孤独に生き抜いて、医者にもかからず、誰にも迷惑をかけず、自然に死ぬことを選んだ永井荷風を知っているから。

持田叙子が講演の時に荷風の死を「グッド・ジョブ」といったが、まさに至言だと思う。

仕事が辛くて、職場に行きたくなくて、どうしようもない毎日が続くと、ときおり死んじゃった方が楽かな、なあんて、思うこともある。

そんな時に荷風さんを思うと、心がすっと軽くなる。

荷風さんが、すっと隣に現れて、見守ってくれているような気になる。

荷風さんという人は、威張るやつ、偉そうにしている奴には冷たいが、要領が悪くて、時流に乗れず逆境にある人にはいつもやさしい人だ。

自分が順風満帆の時には気づかなかったが、そんな懐の深さももった人物だ。

僕は川端も、三島も、荷風を批判したあげく自殺した江藤淳も、自殺した作家はみんな大嫌いだ。作品の質以前の、人間の質を疑ってしまう。

だから、同世代のみんなに言いたい。

46歳で死んだ杉浦日向子の分まで、生きてみようって。

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