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2009年7月19日 (日)

荷風も愛した町下谷根岸

お役所は梅雨明けだって言うけど、自分の体が全然そんな気分じゃないって反応なんで、相変わらず逆流亭雨彦のまんまで登場です。

葛飾区亀有の生まれだが、実際は物心ついてから6歳までは台東区の根岸という町で育った。

根岸に住んでいた当時は貧乏で、家には童話や絵本のたぐいなど一冊もなかった。なぜかテレビは家にあったが、今のように番組やチャンネルもあったわけじゃないし、放送休止時間帯もあった。

そんな状態だから、書物やメディアではなく、住んでいる町から多くのことを学んだ。

町自体が学校だった。

十代になるまでろくな読書体験を持たない自分が、いまになって文章を書こうとするのはこの町で、大切なことを学んだからだと思う。

驚くべきことに、根岸の町の骨格は今も昭和30年代の頃と変わっていない。

10年ほど前、30数年ぶりにそこを訪れた時も、子供時代のかすかな記憶を頼りに、細い路地を歩いて、道に迷うこともなく散策することが出来た。

そして、空襲に遭わず江戸から続く文化や生活習慣が色濃く残っていた根岸という不思議な町で育ったということが、自分にとって大きな意味をもっているってことにだんだん気づき始めた。

しかも東京オリンピック直前という絶妙な時期にそこから引っ越したことで、オリンピックやバブル期の町壊しも目撃せず、昭和三十年代が封印された僕の頭の中では、いまだに金杉通りを都電が走っているという幸運。

隅田川の西で、いわゆる葛飾地域ではないが、自分の作品にもたびたび登場させたくらい荷風も愛したこの町について、その風雅さと、不思議を折に触れて紹介してゆきたいと思う。

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