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2009年6月

2009年6月27日 (土)

猫も裏町をゆく

仕事の帰りに吉祥寺の本屋をはしごして木村荘八「東京風俗帖」などちくま文庫や、別冊宝島「松本清張」などなど買いまくっていたら、帰りが遅くなり流山線がなくなった。

しかたがないので幸谷から小金城址まで夜の町を、大通りではなく、流鉄の線路沿いに歩いた。

馬橋からまっすぐだった線路は、このあたりから左に曲がって、その先には暗闇が広がる。

わたしはカーブしている線路が好きだ。なぜならそこから先に何があるのだろうかと、好奇心をかきたてられるからだ。

線路ぞいには近隣の住民が植えた草花が咲いている。

東京の下町を走る都電荒川線の線路沿いの風景によく似ている。

永井荷風は『日和下駄』で「裏町を行こう」と書いた。

パチンコやネットカフェも出来て、賑やかな新松戸の表通りに対して、このあたりは裏町の気分満載である。

スナックからカラオケの歌声が外に漏れて、流れ出す。

耳を澄ますと、昭和30年代に橋幸夫と吉永小百合がデュエットで歌った「いつでも夢を」だった。

流鉄の沿線は人を昭和30年代気分に誘う魔力でもあるのだろうか。

スナックのカウンターの向こうに小雪のような美しい女性はいないと思うが…。

そしてもし、二年連続で千葉文学賞を取り損ねたわたしが客としてスナックに行ったら、近所の自動車修理工場のオヤジに「ブンガク」と呼ばれるのであろうか。

冗談はさておき、野良猫が二匹悠々と線路を横断している。

「俺の愛猫タマ姫みたいに、車に轢かれるんじゃないよ」

わたしは夜更けの町を我がもの顔に歩くかわいい動物たちに、心ひそかにエールを送った。

   陽炎や猫にもたかる歩行(あるき)神   一茶

東京の雀

早朝、御茶ノ水駅のホームで電車が来るのを待っていると、足下で小さい生き物がちょんちょん飛び跳ねている。

雀である。

人間を警戒して用心深い雀が、不思議なことに自分の足下でえさをついばんでいる。

猫・蛙・雀というのが、自分の好きな動物トップスリーだが、最近はメダカやミノムシと同じように、蛙や雀も激減しているらしい。

子供の頃、身近で、日本中どこにでもいる雀はさえない色彩の貧乏くさい鳥で、鮮やかなインコなど外国の鳥と比べて、美しいとは思えなかった。

ある本で、雀を好きだった杉浦日向子が、東京の前身、江戸の色彩感覚は、上方の絢爛豪華な色彩感覚に対して、雀の色が基本だというのを読んで、目から鱗がおちたことを思い出す。

それ以降、スズメの色を可憐で、質素で、日本の風景になじむ美しい色だと思うようになった。

この三、四十年で東京近郊の風景も変わった。

以前なら保護色だったスズメの色が、原色に彩られた郊外のニュータウンでは、外敵に見つかりやすい色になってしまったのだろうか。

江戸時代に掘られた神田川の渓谷周辺は緑豊かで、明治時代の面影を残す建物が数多く残る都心のお茶の水界隈の方が、郊外よりもスズメにとって住みやすい場所になっている。

もしかするとそんな逆説もあるのかしらと、複雑な気持ちになった。

      我と来て遊べや親のない雀       一茶

2009年6月21日 (日)

水郷地域の地酒「五人娘」

一度もお会いしたことないのに、なぜだか懇意にして下さるnecoさんが、花水木通信 neco便りの中で「ずいひつ流星」のことを紹介してくれた。

過分なお褒めをいただいて、うれしいけど、これまで人生の大半を劣等生として生きてきて、ほめられるより、後ろ指を指されるほうが多かったので、なんだか照れくさい。

necoさんは自分のことを田舎ものなんて、謙遜して書いているが、世界を旅して歩いているnecoさんはこっからすりゃ立派な都会人で、飛行機の乗り方もよく知らず、小さい頃は霞ヶ浦の漁師の家で育てられ、今は流鉄沿線でわあわあ言ってるローカルな僕なんか、田舎モンもいいとこだ。

それはさておき、娘が急にジュースを飲みたいというので、自転車で家を出たついでに、鰭ヶ崎の京北スーパーまで足を伸ばした。

寺田本家の「五人娘」という酒を買うためである。

醸造業が盛んだといっても流山のみりん作りは過去の話で、酒蔵もいまはない。野田で少し作っているが、醤油以外はちょっと元気がない。

それに比べて利根川沿いの神崎町では酒造りが盛んで、寺田本家という酒蔵もがんばっているので、一度飲んでみたかった。

自分の好みは芳醇で、なおかつ端麗な酒だが、五人娘は好みとは全く違って、びっくりした。

それなのに、なぜか心ひかれる。

決してどんな酒肴でも引き立てる名脇役ではない。

自然な酸味があり、個性の強い酒である。

でも淡麗辛口だらけの日本酒の中で、こんな酒があるのがうれしい。

利根川や霞ヶ浦でとれる川魚をつまみに飲むのもよさそうだ。

松戸や柴又の名店で売ってる佃煮にもあうだろう。

そのふくふくとした味わいに子供時代、多くの時間を過ごした水郷地域を思い出して、ちょっとうれしい休日になった。

2009年6月20日 (土)

ソバ屋で昼酒を楽しむ

今朝の朝日新聞の朝刊にこの前紹介した「楽しい東葛ウォーク辞典」が紹介された。

どこかというと31ページのちば東葛のコーナーです。

で、ちょっとうれしかったのは、よーーーく見ると、自分が書いた「鉄道ファン流鉄ぞいに歩く」のページが写真掲載されてる。

記事の中では紹介されていないので、ちょっとがっかりしていたのに、びっくりするやら、うれしいやら。

ちなみにこの本は市販されているが、ボランティアで作っている自費出版に近い形態の出版物なので、印税をもらうどころか協賛金を払って発行にこぎつけた貴重な本なのだ。

だから自信をもっておすすめしたい。

郷土に根ざす良書を出し続けている崙書房出版を助ける意味でも、是非本屋さんで買っていただき、手にとって葛飾カウンティ(僕が書いた部分は東葛だけでなく金町・柴又を含む葛飾エリアだから)での散歩を楽しんで欲しい。

もっとも散歩と書いたけれど、広大な葛飾カウンティでは、歩きにこだわらず、さりとてマイカーは使わず、バスや流鉄や京成・新京成など交通機関をどんどん利用するのが葛飾散歩を楽しくするカギだと思う。

なぜならソバ屋で昼から酒を飲むのが、葛飾散歩の楽しみだから。

歌川広重が永谷園だけじゃないことを知った日

「サライ」という雑誌がある。

小学館から出ている中高年向け雑誌で、ずいぶん前に父が定期購読してる頃は、借りて読んだものだが、最近は縁遠くなっていた。

「サライ」を読むほどの年寄りじゃないぜ、という強がりもあった。

ところが昨日本屋にいったら表紙に「浮世絵の見方」とある。

最近何度目かの「江戸がマイブーム」状態なので、思わず購入してしまった。

北斎vs広重二大絵師徹底比較という特集がとてもいい。

特に広重。

北斎は2005年に上野の東京国立博物館で行われた展覧会にも行ったし、ちょっとは知っているつもりだったが、広重は永谷園のふりかけに付いていた名画カードのイメージが強くて、田舎っぽい絵師の印象があった。

ところが、これ見よがしで自我がムキだしの北斎の作品より、広重の方に江戸を強く感じてしまった。

通じゃないので、浮世絵師の中では初心者向きといわれる鈴木春信が好きだが、一番好きな浮世絵はというと「サライ」にも載ってる『名所江戸百景 浅草田圃酉の町詣』という作品で、よく考えるとこれって広重じゃん。

永谷園とこの作品が頭の中で結びつかなかった自分の愚かさがいやになる。

どんな作品かは「サライ」で見て欲しいが、北斎と広重の違いは黒澤明と小津安二郎の違いとでも言おうか。

平凡な風景の中に鋭く切り込んでゆき、想像力を刺激するドラマチックな風景として作品化する能力が素敵だ。

浮世絵の世界はまだまだ深い。

2009年6月14日 (日)

歌人についてあれこれ思う

昨日、文章講座で歌人若山牧水(爆睡じゃないよ。ボクスイだよ)について勉強した。

牧水はワイワイ飲むのもいいが、一人静かに飲む大人の酒の歌がいい。

  白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり

こんな歌を心の中で口ずさんで、並木藪蕎麦でお土産に買った蕎麦ミソでもなめながら、東上野の関矢さんの「かげろうの花」生酒なんぞ飲んだら最高だ。

いぜんある会合で松村由利子さんという新聞記者と出会ったことがある。

だれも知り合いがいないのに参加した、不思議な会合だったが、たまたま隣に座ったのが松村さんだった。

新聞記者という肩書きに漂う重苦しさを感じさせない、たおやかな美しい女性で、なおかつ商売柄聞き上手である。

手持ちぶさたでワインを飲み過ぎてしまい、延々とつづく私のつまらない話を静かに聞いている困ったような彼女の表情が印象的で、酔いが覚めてから大変申し訳なく思い、大いに反省した。

その松村さんという女性がとても有名な歌人で、その後新聞社をやめて『与謝野晶子』中公叢書を書いたことを最近知った。

いまだに文芸オンチで、永井荷風以外にろくな作品を読んでいないが、当時はもっとレベルが低く、野暮な話をし続けたオヤジを彼女は覚えているだろうか。

それから数年が経過し、葛飾カウンティの取材中に芭蕉や一茶や石田波郷の作品に出会った。

今更言うのも、ちょいと恥ずかしいが、自分とは縁のない世界だと思っていた短歌や俳句の世界に少しずつ興味がわき始めた昨今である。

2009年6月10日 (水)

「本当にふざけた人だったよね」って言われたい

何年か前に「江戸を楽しむ会」という集まりを主催していたが、いろいろ事情があって自然消滅状態になっている。

復活の話は何度も出たし、協力しようという人もいないわけじゃないが、どうも気が進まなかった。

ところが、最近持田叙子→荷風→杉浦日向子へといくつかの本を読み進めてきて、なんだかむずむずしてきた。

町暮らしに必要な心遣いを教える「江戸しぐさ」とかいうもんが一時期もてはやされ、当時一緒にやっていたの仲間も影響されたが、そんな道徳的なもんと一緒にされるのが嫌だった。

学生時代じゃないんだから、はなっから勉強モードで江戸の情報を集めまくるということには興味がない。面白そうなことは自然と頭に入る。

江戸趣味だの、徳川時代の正しい歴史にも本当はあんまり興味がない。

なぜなら、僕は昭和のロック少年だから。それで十分だから。

それが、ライ・クーダーやトーキング・ヘッズを聴きながら徳川時代の江戸という町の暮らしを紹介する漫画を書いていた日向子さんに共感する所以だ。

時勢への批判をお茶目な笑いのオブラートにくるんで、ふざけた、お馬鹿な文芸を展開した戯作者たちの世界と、それを読んで、明るい絶望感にひたりながら精一杯人生を楽しんでいた父祖たちにシンパシーを感じた。

沖縄にあこがれつつも、どこか手応えのなさを感じていた自分は、遠く離れた西国の沖縄に飛ぶより、子供の時に住んでいた東京台東区の隣近所で、かつて暮らしてにいた江戸人たちに会いに行きたいと思った。

同じ町といっても幕府の瓦解から140年以上の歳月が流れている。

よき水先案内人が必要だ。

だれかいい人がいないかと探していたら、杉浦日向子と永井荷風を発見した。

戯作者モードで遊びたい。江戸の勉強なんざくそくらえだ。

日向子流に言えば「本気でちゃんとしたくない」んだ。

一生が終わって、棺桶のふたが閉じたときに「本当にふざけた人だったよね」って、みんなで思い出してくれれば、身に余る光栄だ。

(注:コイズミだの、アソーだのを見ていると、今の世の中、まじめにやるべき一番偉い人が、国民の誰よりも一番ふざけているような気がしてならない。)

ふざけていいのは庶民の特権だよ。

税金で食べてる政治家がふざけてどうする。

現世には夢を持てない庶民の、最後の武器がふざけること。

それがわかりゃ、自殺なんてしないですむ。

そんな気持ちで、新しい集まりを始めたくなった。

今度の今度こそ、失敗しないように、ちょいと頭を使ってね。

2009年6月 7日 (日)

おみおつけの具にはアサリがいい

毎年恒例の富津海岸潮干狩りに行ってきた。

アクアラインが大混雑で、うみほたるに入るのに1時間待ちなので、その間爆睡。

目覚めて読書、疲れて爆睡、再び目覚めて読書のサイクルを繰り返しているうちに、到着。

ちなみにバスの中で読んだのは、旅の友の定番「日和下駄」や「葛飾土産」の載っている『永井荷風随筆集』(笑い)。

日頃のこまめなエンジンストップがむなしく思える程、気の遠くなるほど長い時間エンジンアイドリング状態のバス。

ガソリン代が下がれば、CO2削減なんぞ糞食らえとばかりに、自動車だらけの平成ジャパン。

おまけに原因不明のアサリの不漁がここ数年続いているらしく、アサリの代わりにハマグリがどっさりとれる。

でもなあ。おみおつけにはやっぱり、アサリかシジミだよな。

ところで、超年配のバスガイドさんが、味噌汁をおみおつけっていうのがちょっとうれしかった。最近使ってなかったもんな。そんな単語。

「御味御汁」って書くらしいが、きれいな日本語だよ。

千葉の内房の海に行くと、必ず40年以上前、小学生の頃に行った岩井海岸の海を思い出す。

そのころ隣の席の女の子に恋をしていた。

人間にはいろんな記憶力があるが、嗅覚の記憶ってのは強力だ。

遠浅の海を見て、磯臭い匂いをかぐと、頭の中で、1968年少年と少女の夏が鮮明によみがえり、秋になると離ればなれになって、その後はとうとう会えなかった彼女の面影が目に浮かんで、ちょいと切なくなる。

その頃町ではビートルズの「ヘイ・ジュード」が流れていた。

おっといけねえ。さっき、ユーミンの「卒業写真」なんか聴いちゃったもんだから、そっちの方に頭が行っちゃてるよ。

来週の土日は海じゃなく川の見える水景の町に、日和チャリに乗って行きたい。

同じユーミンなら、「卒業写真」よりこっちがいい。

自転車に乗って「まずはどこへ行こう」!

2009年6月 6日 (土)

日和チャリに乗って裏町を行こう、横道を歩もう。

雨の日はロックより、アコースティックな曲、例えばディランでも、内省的な『アナザーサイド』が似合う。「ラモーーーナ」なんていいな。

エリック・アンダーセンの『ブルーリバー』なんてのもいいけど、レコードしかもっていないので、現在再生不能。

ところで、友の会の研究誌の配本作業で松戸の住宅地を巡った。

車で移動したのだが、昭和30年代より昔に開発された松戸や市川の古い町はヒューマンスケールで設計されていて、どこも道幅が狭くて、苦労する。

こういう古い町をめぐるには軽くて、丈夫なボディの自転車がいいんだろうな。

昨日吉祥寺の本屋に寄ったら、雑誌コーナーで自転車関係の雑誌が幅をきかせている。

いまは新しい自転車を買う金がないので、雑誌を眺めただけで、買わずに帰ってきたが、東京近郊の古町めぐりにはなんといっても自転車だと確信した。

日和下駄ならぬ「日和チャリ」。

ポタリングなんて生硬な言葉じゃなく、「日和チャリ」がいい。

泉麻人に『東京自転車日記』新潮文庫という本がある。

「ママチャリでゆく」というフレーズはこの本から借用させていただいたくらい、愛読書の一つなのだが、『東京の空間人類学』の陣内秀信が解説で面白いことを書いている。

「都心・下町には銀座、日本橋、神田、浅草橋、両国といったスター的な町がかたまっていて、どこも丁寧に歩く価値があるが、杉並の方はといえば、延々と似たような住宅街が続いており、風景の起伏に乏しいのは否めないのである。範囲もあまりにも広い。というわけで、ここでは自転車こそが最高の手段といえよう。」

これを読んだとき、ぼくの「葛飾カウンティ」もおんなじだと思った。

青木更吉先生も『楽しい東葛ウォーク辞典』の中で、自分の取材は自転車でまわると書いている。

あの名著『野馬土手は泣いている』シリーズは「日和チャリ」を使った取材で生まれたのである。

2009年6月 5日 (金)

『楽しい東葛ウォーク事典』をよろしく

今週、去年から制作していた『楽しい東葛ウォーク事典』 崙書房出版が発行された。

自分は「鉄道ファン流鉄ぞいに歩く」「寅さんの柴又から松戸を歩く」の二編を載せてもらった。

現場を何度も歩き、多くの人々と話をして作った作品だけに、感慨もひとしおである。

出来映えは読者に判断してもらうしかないが、限られた時間と、乏しい文才の中、現時点で出来る精一杯がこの作品だ。

去年は出来たが、今年はさらに時間がとれなくなっていて、取材する時間がない。もうしばらくはこんな作品を書けないので、いい記念になったと喜んでいる。

自分の作品も読んでもらいたいが、中村哲夫「関宿を歩く」が面白い。

千葉県の外れで忘れられがちな関宿という町に、スポットライトを当てたのだ。

以前エッセイストの中野翠「会いたかった人」という本を読んだとき、先祖が関宿藩の出身で、中野みわという曾祖母の残した手記について書いた部分を興味深く読んだ。

それ以来関宿にはちょっと興味があったので、うれしかった。

それから新保國弘「小林一茶句碑めぐり」も取材が大変だったのに、よくまとめられたと思う。

最近、一茶への興味がわいている。

荷風さんも「妾宅」で、一茶のことを放屁や小便や野糞までも詩化するほどの大胆をする日本固有の文明を作った俳諧師として絶賛している。

一茶を中心に葛飾を見てゆくのも面白いものだ。

『楽しい東葛ウォーク事典』はおおたかの森SCの紀伊国屋に行けば(多分)買えるし、崙書房出版に電話して聞けば、売っている本屋を教えてくれる。

発行部数が少ないので税別2800円と少々値段ははるが、このブログを読んでくださる方には必読の書だと思う。

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