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2009年5月28日 (木)

荷風マニアから荷風主義へ

持田叙子に導かれて、久しぶりにW・モリスのことをいろいろ調べているうちに、小野二郎『ウィリアム・モリス』中公文庫を思い出して、本棚から引っ張り出した。

82年に急逝した小野二郎って英文学者で出版社の晶文社を作った人で、編集者としても数々の名著を世に送り出した人だが、とにかく文章が難しい。昔は一生懸命読んだが、わからないことが多くて、辛かった。

いまはこっそりと「悪文だよ」って言ってしまいます。

それでもこの本は繰り返し、繰り返し読んだ。

あとがきで、自分はモリス研究者ではなく、モリス主義者であると宣言するところがかっこよくて、憧れた。

小野二郎の強い意思表示を前にすると、自分は永井荷風研究者どころか、単なる永井荷風ウォッチャーに過ぎないと思った。

そして、そんな態度ではいつまでたっても荷風さんの真価を理解できないと悟った。

「荷風さんと違って僕には家族がいるから…。」

「アメリカもフランスも上海も行ったことないし、漢文も英語もフランス語も得意じゃないし、まして古典文学なんて大の苦手だし…。」

「荷風さんのようにお金持ちじゃないし…。」

いろんな言い訳を用意して、荷風さんを遠くから鑑賞しようとしていた気がする。

会社の仕事で、ものすごく辛いことがたくさんあって、まるで希望のない、朝のこない夜のような日々が続いて、いくら家族がいても人間なんて最後は一人で死ぬんだからって、居直った瞬間に荷風さんが初めて隣にいて、無言で励ましてくれているように思えた。

「何人たりとも犯せぬ自分の心の聖域を大切にしろよ」って。

だから、今日から私は荷風主義者である。

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