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2009年5月

2009年5月30日 (土)

雨が似合う古い町

この一週間で読書が急に楽しくなって、本を買いまくったので、こづかいがなくなった。

こんな時は、家のまわりを散歩するのが一番いい。

つゆのような天候がつづく毎日だけど、案外この時期が好きだ。

自分が住む小金の町には雨がよく似合うと思う。

有名なあじさい寺の本土寺が近くにあるせいか、このあたりの民家ではあじさいが咲いている家が多い。

三郷にいたころは、どこにいってもサツキが多くて、5月が来るのが楽しみだったが、小金に引っ越してきてからは、あじさいの咲く頃が楽しみになった。

家庭の事情でほとんど旅行をしたことがないが、二十年近く前に行った金沢も雨が似合ってよかったな。

夏だったが、雨が町を洗うようで、黒い瓦の屋根がキラキラ光ってきれいだった。

犀川と浅野川という二つの川が町中を流れているところも好きだった。

近所だと、市川もいいな。

住工房傳さんのある国府台・じゅんさい池の周辺や、荷風さんが愛した弘法寺・手児奈霊神堂のあたりも雨が似合いそうだ。

さあ、「ニャロメ」のイラスト入りのTシャツでも着て、散歩にでかけるとするか。

金曜の夜だから、江戸戯作にしてみよう

JJ調のタイトルで失礼。

パロディだと思って笑い飛ばしてください。

今週は給料も入ったし、金曜日の夜なので、吉祥寺で本を漁った。

一冊目は新潮社のとんぼの本『永井荷風ひとり暮らしの贅沢』で、実際に荷風さんが使ったものや、訪れた場所を撮影した最新の写真が満載され、興味深い。

晩年に愛した町浅草と市川を紹介しているのがうれしいし、幻の「ぬれずろ草紙」が再録されているのも、何だか得した気分。

それはさておき、もう一冊買ったのが同じ新潮社の『江戸戯作』。

冒頭にある杉浦日向子のエッセイがいい。

どこがいいって、解説するのも野暮だから、実際に読んでください。

(ちなみにこのエッセイ「贅の文学」は『うつくしく、やさしく、おろかなり』筑摩書房に再録されている。この名著も在庫があとわずからしいので、買うならお早めにどうぞ)

こんなのを読むとますます、日向子さんは隠れ女荷風を目指していたんだと確信してしまう。

江戸の戯作者といい、俳人小林一茶といい、豊かではなくても、あっけらかんと生き、人生を笑い飛ばす心の余裕のようなもの(江戸時代はそれを茶と呼んだそうである)って、自殺者の多い、いまの世の中に一番必要な、つらい浮き世を生き抜く人生の秘訣だと思う。

「花火」というエッセイで、大逆事件にショックをうけ、「自分の芸術の品位を江戸戯作者のなした程度まで引き下げるに如くはない」という有名な戯作者宣言を行った荷風の、世間からバッシングを受け続けてもなお自殺せず、天寿を全うして一人で死んでいった見事な生き方を知り、改めてそう思う。

2009年5月28日 (木)

荷風マニアから荷風主義へ

持田叙子に導かれて、久しぶりにW・モリスのことをいろいろ調べているうちに、小野二郎『ウィリアム・モリス』中公文庫を思い出して、本棚から引っ張り出した。

82年に急逝した小野二郎って英文学者で出版社の晶文社を作った人で、編集者としても数々の名著を世に送り出した人だが、とにかく文章が難しい。昔は一生懸命読んだが、わからないことが多くて、辛かった。

いまはこっそりと「悪文だよ」って言ってしまいます。

それでもこの本は繰り返し、繰り返し読んだ。

あとがきで、自分はモリス研究者ではなく、モリス主義者であると宣言するところがかっこよくて、憧れた。

小野二郎の強い意思表示を前にすると、自分は永井荷風研究者どころか、単なる永井荷風ウォッチャーに過ぎないと思った。

そして、そんな態度ではいつまでたっても荷風さんの真価を理解できないと悟った。

「荷風さんと違って僕には家族がいるから…。」

「アメリカもフランスも上海も行ったことないし、漢文も英語もフランス語も得意じゃないし、まして古典文学なんて大の苦手だし…。」

「荷風さんのようにお金持ちじゃないし…。」

いろんな言い訳を用意して、荷風さんを遠くから鑑賞しようとしていた気がする。

会社の仕事で、ものすごく辛いことがたくさんあって、まるで希望のない、朝のこない夜のような日々が続いて、いくら家族がいても人間なんて最後は一人で死ぬんだからって、居直った瞬間に荷風さんが初めて隣にいて、無言で励ましてくれているように思えた。

「何人たりとも犯せぬ自分の心の聖域を大切にしろよ」って。

だから、今日から私は荷風主義者である。

2009年5月24日 (日)

マイ・フェイバリット・シングス(その1)

さっきから部屋ではジョン・コルトレーンの「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」が流れている。

最愛の雌ネコ タマ姫が車に轢かれた夜、部屋でかかっていた曲。

ジョン・ハートマンのボーカルも切なく、ノスタルジックで。

いつになくリリカルなマッコイ・タイナーのピアノもいい。

多分、虹の橋のたもとでタマ姫と再会した時、きっとこの曲がかかっているに違いない。

というのは、どうでもよくて、ピアノの話。

娘の師匠の原賀先生の話では、あまたある楽器の中で一番音域が広いのがピアノだという。

それだけ表現の幅が広い楽器なのだが、裏返せば弾き手によってどのようにも変化する楽器ともいえる。

そして今出した音は次の瞬間には減衰して、変化している。

不便だけど、人間くさい。そんなところもいい

クラシックにはまったく疎いのだが、ドビュッシーなんかいいな。

森の奥から聞こえてくるような、木漏れ日のようなピアノの音が印象的で。

カンディンスキーの抽象画のようなセロニアス・モンクのピアノも好き。

それから、忘れちゃいけないビル・エヴァンス。

好きなものが増えるたびに、一つ得をした気分になる。

2009年5月23日 (土)

「沖縄病のなおしかた」だっていろいろある

金曜日の夜だから、雑誌でも買おうかと吉祥寺の本屋をうろうろしたが、あんまり面白い雑誌もないので、帰ろうかと思った瞬間、持田叙子『荷風へ、ようこそ』を思い出した。

給料日前の寂しい懐からなけなしの千円札を三枚出して、早速購入。

まず、本の装丁がいい。

クロード・モネの書いた《ジヴェルニーの睡蓮》という作品で、蓮の花にこだわる荷風さんにぴったりだ。

もちろん本文の内容は折り紙付きであるが、持田叙子制作の略年譜を興味深く読んだ。その当時の社会状況と荷風さんの動きがよくわかる。

そしてウィリアム・モリスと荷風さんの関係も、改めて見直した。

ところで、ウィリアム・モリスの活動を日本で展開した人物というと判で押したように民芸運動の柳宗悦の名前が出てきて、特にここ東葛飾では柳宗悦は人気者なので、僕のような無学な人間が口をはさむ資格などないのかもしれないが、みんな鶴見俊輔の「限界芸術論」の見方に影響されすぎだと思う。

柳宗悦って、若い頃僕も影響されずいぶん多くの著作を読んだが、何か根本的に大事な部分の欠落した人というのが今の印象である。

ああ、ちょっと堅いな。内容も、文章も。柳については書きづらいのだ。

好きでもあり、嫌いでもあり、けれど自分の周りには柳を敬愛する人も多いし。

だから、ちょっとだけ柳への不満を言わせてもらうと、あれだけ沖縄や朝鮮の固有の文化を守ろうと戦った人なのに、自分の生まれた東京に対するこだわりが感じられない。

柳によって沖縄病にかかり、自分のいるべき土地はどこなのだろうかと、十数年悩み続けたのである。

柳との格闘に決着をつけようと数年前に「沖縄病のなおしかた」という小説風エッセイを書いた。

稚拙な内容で、今読むと噴飯ものの内容で、お蔵入りした作品だ。

さきに『荷風へ、ようこそ』を読んでいたら、もっといい作品がかけたような気がする。

そして、沖縄病から「水の東京・水の東葛」病へ、さらにモリスや荷風が憧れた中世の職人たちの世界に、どんどん興味が広がってゆく。

「梧桐病に気をつけて」を書きながら考えた

友の会には文章講座があって、そこでがんばった人は梧桐賞という賞が与えられる。

学生時代劣等生で、賞状だの花束だのとは一生無縁だと思っていたのに、「今年の梧桐賞はイシーさん」ということになり、機関誌の「におどり」に載せるから、受賞の感想を文章にするようにと頼まれた。

「受賞だけでも決まり悪いのに、感想文なんて勘弁してください」と断りたかったが、敬愛する「千葉の建築探訪」の中村哲夫先生からの依頼では断るわけにもいかず、240字でどんな気分を表現しようかと考え、「梧桐病に気をつけて」という小文を昨日脱稿したのだが、執筆中に気づいたことがある。

それは「自分には偉い人になりたいという向上心が欠如している」っていうこと。

少なくとも20代のころは人並みに向上心があったような気がする。

それが決定的に変わったのは、三十歳になって、BGMに一日中サザンオールスターズのエンドレステープが流れている下町のコンビニエンスストアで、昼夜関係なく働いて、24時間動いている東京の町の人間模様をレジの後ろから見るようになったからだろうな、多分。

20年前にコンビニを辞めて、いまは普通の会社に勤めているが、小岩と堀切菖蒲園や八広や玉の井にある店で過ごした日々の中で得たものは大きい。

一方向へ向かうだけの単純な向上心は失ったが、東京と町と人々の多様な暮らしぶり、そして近くを流れる川、いままで気づかなかったものに眼が行くようになった。

そして、好きなものや好きな人たちに囲まれて、その日その日をのんべんだらりと、杉浦日向子が描く江戸人たちのように「明るく、楽しく、元気よく」暮らしてゆきたいと願うようになった。

ただひとつだけ、向上心とは違うが、この20年間でくせになったのは、文章を書くこと。

そして文章を書くために、両方の眼を見開いて、世の中をよく観察し、記録すること。

ほとんど金のかからぬ、多分一生続くであろう生活習慣である。

2009年5月17日 (日)

大場川の閘門橋

長年一緒にいる家族も、いまだに驚嘆するほど尋常ではない雨男である。

そんな私は霞ヶ浦に注ぐ清明川という川のほとりで、母親のおなかからこの世の中に転がり出たからなのか、水辺に惹かれる傾向があることに気づいた。

建築史学者の陣内秀信によれば「水景」という美しい言葉もあるらしい。

川そのものよりも、川にかかる橋など周辺の景色が気になる。

改めてこのブログのテーマである「水の東京・水の東葛」を思うと、この地域に数多くある橋の中で、現在のところ一番好きなのは葛飾区と三郷市の間を流れる大場川にかかる閘門橋である。

以前から閘門橋の美しい写真を撮りたいと願っているが、今のところチャンスに恵まれないので、こちらのホームページを紹介したい。

きまぐれ旅写真館の外部サイト「閘門橋」

このサイトを初めて見たとき、ゾクゾクしたことを思い出す。

長年三郷に住んで、この橋の横をいくたびも通り過ぎていたのに、その存在に気づかなかった後悔の念も含めて。

昨日紹介した伊東孝『東京再発見』の中には、閘門橋について詳しい記述がある。

詳細は本を読んでいただくしかないが、八潮にあった煉瓦工場の製品が使われているという指摘を読み、学者さんの調査能力に舌を巻く。

『東京再発見』でこの地域の水害を防ぐという目的で作られた閘門橋の意義を知り、山本鉱太郎先生の『江戸川図志』、青木更吉先生の『亀有だーい好き』をあわせ読むと江戸川から水元、水元から中川、さらには古隅田川へと興味がつながる。

母親によれば清明川周辺は台風のたびに水害に悩まされ、学校には舟でかよったという。集落の名前も舟子という。

そういえば小学生の時、初め好きになった女の子も石神井川のほとりに住み、台風が来るとおびえていたことを思い出す。

荷風さんの「すみだ川」も水害の場面で終わっている。

私の荷風さん好きはどうやら筋金入りのようである。

2009年5月16日 (土)

昌平橋の上で考えたこと

ちょっと古い本だけど岩波新書で伊東孝『東京再発見』を読んだら、神田の万世橋高架橋を見たくなった。

幸い昨日、少し時間が空いたので、聖橋のたもとから神田方面に通じる淡路坂を通って見に行くことにした。

いったい何年ぶりだろう。

高校生の頃は石丸電気でレコードを買うと割引券をくれるので、学校帰りには、ほとんど毎日のように上り下りした坂だ。

淡路坂を下って、昌平橋の上から周りの風景を眺めていると、明治・大正時代を生きた我々の父祖たちが作った東京の景観にぐっと来た。

高校生の頃、神田川は、ばっちくて、ドブ臭くかったし、その先の隅田川は、橋を渡ると鼻が曲がりそうに臭かった。

東京オリンピックの時の「水の東京」壊しから、10年もたっていない時期だった。

昨日見た風景は、十代の頃見た風景とは全く違って見えた。

伊東孝『東京再発見』という本の持つ力だ。

この本を読んでいる間、眼から鱗が落ちるような思いを何度も味わった。

写真や図面も豊富なこの本を手にして、神田界隈を歩くのは楽しい。

品切れ状態で新刊本は入手出来ないが、図書館やアマゾンなら簡単に手に入る。

建築と土木の違いを知ったことも大きい。

町を見る視点が少し変化して、ますます東京や東葛飾を歩くのが楽しみになった。

2009年5月12日 (火)

持田叙子『荷風へ、ようこそ』登場

敬愛する崙書房出版の吉田さんから素敵な資料が送られてきた。

毎日新聞のコピーで丸谷才一評 持田叙子『荷風へ、ようこそ』慶應義塾大学出版会とある。

「三田文学」に載った持田叙子の評論を集めた本のようで、持田ファンの僕は初出誌で読んでいるが、単行本になって入手しやすい形で出るのがうれしい。

中でも特に丸谷氏も紹介している「おうちで楽しく」という評論が抜群に面白い。

去年持田氏に会ったときに荷風=ウィリアム・モリスの話で意気投合したのだが、不思議な文体と発見に充ち満ちた持田ワールドの頂点に立つ一文だと思う。

それから、さらにこのタイトル。

邪推かもしれないが杉浦日向子の『江戸へようこそ』を意識してるんじゃないか。

江戸=荷風、そして持田氏が目指すのは女荷風=実は杉浦日向子という四角関係の図式が見え隠れするように思うのだが、どうであろうか。

それにしても持田叙子は才媛だ。そしてこの本は東葛地域の女性の方に特に読んでもらいたい。

時代を先取りしたおしゃれでフェミニンな荷風に出会うことが出来る。

そうすればきっと荷風さんのファンになれると思うし、荷風さんの住んだ町に住んでいることを誇りに思えるから。

2009年5月10日 (日)

『亀有だーい好き』を読んで

数日前のこと、帰宅すると見覚えのある味わい深い書体で青木更吉と書かれた封書が届いていた。

さっそく封を切ると賑やかなイラストの表紙が特徴的な『亀有だーい好き』というタイトルの本が入っていた。

1993年亀有駅南口の再開発を控えて、古き良き時代の亀有を記録しておこうと、地元の道上小学校の先生たちが「亀有を愛する会」と名乗って、絵や文章で構成した記録集である。

これは本当にいい本だと思う。

どこがいいのかというと、先生方がリラックスして、上段から見下ろすのではなく、重心低く、暖かい目線で、普段身近に接している町を愛情込めて書いているのがいい。

森まゆみの『谷中スケッチブック』をはじめ、町を紹介して歩く本が好きで、多くの本を読んだが、これだけ気取らず、等身大の町を描いた本は珍しい。

個人的には青木先生の「古隅田川の川筋を歩く」が一番興味深かったが、「こち亀」や居酒屋や、遊郭といったソフトな題材から、亀有駅や葛西城址など充実した内容の歴史スケッチまで、硬軟取り混ぜ話題が豊富なので、最後まで一気に読んでしまった。

そして地元の人々の声が数多く収録されているのもいい。

古本で売っていないか確認したが、アマゾンはもちろん、日本の古本屋でも見つからなかった。

スーパー源氏で一冊だけ発見したが、貴重な本であることは間違いないので、葛飾区の図書館にあれば、そこで手にとってほしい。

2009年5月 4日 (月)

浅草花やしきは今日も大盛況

妻と娘と三人。浅草花やしきに行った。

流鉄応援団を自負しているが、南流山からあっという間に浅草に着く便利さは魅力的で、ついつくばエクスプレスを使ってしまう。

(ここで「つくばエクスプレス」の呼称を「TX」と言わないことが大事。発音しづらくて、舌をかみそうで辛くてもあくまで、他人行儀な呼び方をつらぬくのである。)

花やしきは入場制限が出そうなほど大盛況で、ローラーコースターなど40分待ちだという。

ずいぶん昔の話だが、入場料無料でも閑古鳥が鳴いていたのに、これもつくばエクスプレス効果だろうか。

しかたなく、休憩室の中でアサヒスーパードライのスタイニーボトルを飲んでいたら、いきなり暗くなって、こども忍者ショーが始まってしまった。

スタイニーボトルも三本目で、けっこういい気持ちになっているところに、忍者ショーである。

某浦安にある遊園地でやっている、しらふでお行儀よく座って「ぼくはミッキーマウスだよ」としゃべるぬいぐるみの演奏を聴くレビューの何倍も楽しい。

さっきまで七福神だったメンバーが忍者に早変わりして、迫力ある殺陣を見せてくれる。

服部半蔵の首がとれる場面には結構びっくりしたな。

子供向けでも、ゴレンジャーショーじゃなくて、忍者ショーというところが浅草らしくていい。

帰りに「混んでてごめんね」と、次回の無料入場券をくれた。

言い古された表現だが、下町の人情というか、人のぬくもりを感じた瞬間であった。

産業考古学という不思議な世界がある

なぜだか、若い頃から古道具が好きだ。

間違っても、お宝なんて呼ばれる書画骨董ではなく、そこらで誰かが日常的に使っていた道具に惹かれる。

家が狭いので、最近は行ってないが、以前は近所の古道具屋さんでよく買い物をした。

最近読んだ、平井 東幸他『産業遺産を歩こう―初心者のための産業考古学入門』東洋経済新報社という本は面白かった。

産業考古学というあまり一般にはなじみのない学問分野があるという。

鉄道廃墟や、赤線跡も、ある意味では産業遺産といえるのかもしれない。

(もちろん 軍艦島もそうだよね。あとペンペン草さんの川崎銀行も

素人の好事家の趣味だと思っていた世界が、気がつくと立派な学問分野になっているというのがいい。

そして、本には大学の講座数が減って…。

などと書いてあったが、産業考古学は既存のアカデミズムの中ではなく、在野のアマチュアたちが研究する民間学として発展した方が魅力的だ。

東葛飾には案外、産業遺産が残っていて、松戸・流山の運河や閘門、野田の醤油醸造施設など、見所も多いという指摘には、我が意を得たりという思いである。

そう考えると、自分の中では産業遺産の面白さって、古道具の面白さと共通だということに気づいた。

これから、しばらくこの産業考古学の世界で遊んでみよう。

2009年5月 1日 (金)

柏の太平書林に行った

崙書房の吉田さんや、たけしま出版の竹島さんと飲んでいたら、柏の太平書林の話が出た。

皆さん口をそろえて「イシーさんなら絶対に気に入るからいってごらん」

と言うので、仕事を早く終わらせ、北千住から常磐線に乗り、柏に向かった。

太平書林は「古本でお散歩」の岡崎武志も来たらしい。

岡崎武志には友人の小田健人に紹介されて、昔古本市で何度か会ったことがあるが、いまや売れっ子の古本ライターである。

そんな店なので、ちょっと期待して中に入ると、期待に違わぬ鋭い品揃え。不忍ブックストリートあたりにありそうな雰囲気漂う古書店だ。

さっそく『野田醤油30年史』友の会の『江戸川読本』『千葉県の文化財』新保国弘『水の道・サシバの道 利根運河を考える』を購入。

特に『江戸川読本』は版元でも品切れで、手に入らないとあきらめていたから、喜びも大きい。

古本の世界に入り込むと、抜け出せなくなって、家が古本だらけになるから、なるべく近づかないようにしている。

最近は早稲田にも神田にも古本市にも行かないようにしているのだが、近くの町にこんな行きつけの古書店がひとつあるのもいい。

JJなら、それからコーヒー屋に入るところだろうが、いまはチェーン店ばかりで、行きつけになりたくなるような店も少ない。

本は重いし、おなかが空いたので、帰りに北小金の朝日屋でソバを食べた。

締めのそば湯をすすりながら、古書店とソバ屋に寄るささやかな幸せをかみしめ、吉田さんと竹島さんの暖かい気持ちに思いをはせた。

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