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2009年3月

2009年3月29日 (日)

関さんの森に町の底力を見た

幸谷にある関さんの森エコミュージアムで「みどりと生きるまちづくりフェスタ」というお祭りがあるので、娘や両親と一緒に遊びに行った。

朝10時過ぎに着いたのだが、思わぬ人出にびっくり。

偉そうにしているじじいたちだけに椅子とテーブルと(灰皿も)が用意され、国会議員候補者が握手しに訪れる近所の商店街の盆踊り大会( 祭りの後の寂しさ)とは全く違う雰囲気で、人々の表情がいい。

企画した人たちのこころざしの高さと、愛情が伝わってくる催しだからこそ、これだけの人が集うのだと思う。

盆踊り大会で邪魔者扱いされたうちの娘が、ここでは竹とんぼを作ったり、鬼ごっこしたりと大はしゃぎ。

すぐに飽きると思ったら、なかなか帰ろうせず、世話役のおじさんたちに名前までしっかり覚えてもらえたのが、なによりもうれしい。

その上、今日はうれしいことに素晴らしい人との出会いがあった。

千葉大学地域観光創造センターの特任研究員中島敏博さんという方がその人で、流鉄沿線を中心に緑地計画や市民運動の研究をしておられる新進気鋭の学者さんである。

流山の旧市街を盛り上げるための活動も始めようとされているという。

二年前、TXの開業に危機感をおぼえ「東葛流山研究25号」に「流山をワクワクさせる元気な商人たち」という文章を書いたが、自分は中島さんのような若手の優秀な頭脳が流山を元気づけてくれることを、一番期待していたのである。

いまをときめく谷中・根津・千駄木だって、森さんたちの小さな雑誌から始まったのだ。

雑誌「谷中・根津・千駄木」が出る少し前に、友人と谷中に遊びに行き、いまは大盛況だが、当時は閑散としていたミルクホールで、町の面白さについて語り合ったことを思い出す。

自分は20数年間森さんたちの活動を横目で見ていただけで、なにも協力したことはないが、流鉄沿線は我が町である。

とはいえ、長時間労働の長時間通勤で時間はないし、毎週土曜たびに那須高原までセルフビルドに出かけた当時の体力も失われた。

出来ることから始めてみたい。

2009年3月28日 (土)

今月の「散歩の達人」は柴又・亀有・金町

「他に何もしなくていいから、掃除だけはやっといてね」

と言い残して外出した妻の言葉に従い、天気のよい昼下がり、掃除を始める。

景気づけにBGMは、と思って引き出しをがらがらかき回してみたら、ジョン・サイモンの『ホーム』が出てきた。

クラシカルで、ジャジーで、ノスタルジックな伴奏と、眠そうなヘタウマボーカルがこの季節にぴったり。

いいなあ。新発見。

家事をやりながら聴くには最高のアルバムだぞ、これは。

ところで、「散歩の達人」は柴又・亀有・金町特集だというので、あんまり期待せずに買ってきて(以前買った北千住特集は正直言ってひどかった。)、ページをめくると、明治地図で歩く柴又・金町というページに目がとまる。

駅前の書店詩泉堂ならあるかもしれないと思って、探したけど見つからなかった明治の地図が載っている。

旧水戸街道のコースがくっきりとわかるし、「上矢切の渡し」(いま残っているのは下矢切の渡し」)の位置もわかる。

びっくりしたのは、日本煉瓦の工場がいまの外環道路のあたりにあったこと。

松戸・三郷界隈にはメガネ橋や閘門橋をはじめ煉瓦の構築物が多い。

メガネ橋は、確か利根川沿いの工場から運んだ煉瓦を使ったと資料にあったが、江戸川の水運を利用して、この工場の煉瓦も関東近県に運ばれたんだろうと想像すると、ちょっとワクワクする。

今月号の580円はなかなかお値打ちである。

2009年3月22日 (日)

カレー丼のあるソバ屋もいい

小金地区の最北に幸田という町があって、貝塚で有名なところである。

東漸寺を見物したあと、昼食にソバを食べようということになり、よく行く本土寺参道の「草木庵」は混んでいそうだったので、幸田のYというソバ屋にいった。

その店は20年以上昔の昭和の頃なら、どこにでもあった平凡なソバ屋である。

さすがに中華ソバはやっていないが、メニューにカレー丼があって、テーブルに灰皿があるし、もしかすると漫画本なんかも置いてありそうな、町のソバ屋だ。

「風邪っぴきの食うもんだ」と小田健人に怒られるけど、貧乏育ちゆえ、子供時代から天せいろなんかよりも、好物のたぬきソバを注文した。

すると、後から入ってきたオヤジが土曜の昼下がり、常連らしきオヤジが、熱燗とザルを注文する。

ガラス瓶に入った菊正宗と、小鉢がさっと用意される。

そのタイミングが素晴らしい。大人の憩いの空間である。

先に注文した娘の注文したザルより、向こうのザルが先に出てきても、珍しく納得してしまう。

ぼくはこの店の常連になることはないだろうが、近所にこんな店をもつ幸田の町の人たちがうらやましい。

葛飾地域にも手打ちソバの名店はいろいろあるが、しょっちゅう行くならこんな町のソバ屋がいい。たぬきソバも地味においしかった。

そしてほとんどのメニューが1000円以下で食べられるのがいい。

今度来るときはカレー丼を食べよう。

店を出て思いがけない花見を楽しみながら、そんなことを思った。

2009年3月21日 (土)

最後の春休み

少し前の話だが、元はっぴいえんどのギタリストの鈴木茂が大麻所持で逮捕されたという報道があった。

ネットを見たら多くの人は「誰、それ?」っていう反応だったけど、まあ無理もない。

はっぴいえんどのギタリストだって言われても、35年以上前に解散したバンドだしね。

でもね、荒井由実(松任谷由実)の「卒業写真」で、ボーカルに寄り添うようなギターを弾いていた人といえば少しは、わかってもらえるじゃないかな。

車に乗ってそのユーミンの去年出たアルバム『SEASONS COLOURS-春夏撰曲集』を聴いていたら「卒業写真」の後、3曲目に「最後の春休み」という曲がかかった。

卒業式のあとの春休みのひっそりとした教室に、忘れ物を取りに行った地味な女の子が、ほのかな思いを寄せていた男の子の席に座って、彼のことを想うというシチュエーションが切なくて、何度聞いても涙腺を刺激される名曲だ。

いい年したオヤジが10代の女の子の気持ちになって、聴いているうちに車から見える横須賀の町の風景がどんどん涙でかすみ始めた。

見慣れた近所の食品スーパークランデールがゆがんで見える。

ホント、バカだよね。

そして、これだから、春の卒業シーズンはちょいと苦手なんだよ。

2009年3月16日 (月)

ネコが邪険にされず、のんびりと暮らせる町

ずいひつ「流星」の辻野さんが、わたしならきっと気に入るからと、毎日新聞に載った関川夏央のエッセイを送ってくださった。

「ネコと待ち合わせる駅」というタイトルで、流鉄の鰭ヶ崎駅のことを書いている。

無駄のない、飄々としたして、さりげないユーモア感覚にあふれた文章は、軽いタッチなのに心の奥底に迫ってくる、お手本にしたいような名文だった。

東葛飾の住民としては、鰭ヶ崎が「ネコが邪険にされず、のんびりと暮らせる町」で、「そういう町にめぐりあうのも私の趣味」という部分は特にうれしかった。

ところで、このネコはわたしも見たことがある。

東福寺の取材に行った帰りに、娘と二人鰭ヶ崎駅で見かけたネコだと思う。

体中傷だらけの身体障害があるネコで、もはや野良猫としては生きる力もなく、駅周辺の住民の方々の善意で生きているいわゆる「もやいネコ」のようで、その汚らしい顔が不思議に神々しく見えたので、印象に残っている。

そんな日常的な風景を、名カメラマンのように、さっと切り取って記事にする作家の力量を改めて感心させられた。

そして、いつも応援してくださる辻野さんに心から感謝である。

同封された辻野さんのコメントが掲載された記事に、船橋のタウン誌が終刊になった旨、記されている。

あの「谷根千」も終わりになるらしい。

本が売れない時代、本が売れる売れないという前に、わたしたちは日本語の語彙の豊かさ・面白さをもっと、もっともっと伝えてゆかなくてはいけない。

荷風さんの「日和下駄」と「断腸亭日乗」を読んで、そんなことを考えた。

2009年3月14日 (土)

春の出番がきた

去年の暮れ山本先生の文章講座から課題が出て、08年の年末までに「お正月」のエッセイを原稿用紙一枚で書けという。

疲れ切って、動けなくなった直後だったので、作品の出来映えはどうかわからないが、二ヶ月半前の切実な気持ちはよくわかるし、今後どこかに発表する予定もない原稿なので、このブログにアップしよう。

「春の出番」

十一月、勤めていた会社から突然東京の西端にある町工場への出向命令が下った。

 年末の資金繰りに苦労し、長時間通勤と長時間労働による疲労が五十路を過ぎた体に襲いかかる。そして今、疲れ切って一人、薄暗く肌寒い事務室で、ゆく年を振りかえる。

 いつもなら、何の感慨もなく迎えるお正月。

 幼い頃はあれほど楽しみだったのに、年をとるにつれて少しずつ感激が薄れ、何も感じなくなっていた。でも今年は違う。

 年が改まり、新しい年が始まれば、今年とは違う希望が芽生えるような気がする。

 若い頃通ったキリスト教の教会で、クリスマスについて牧師が言った言葉を思い出す。

 イエスは一年でいちばん日の短い時期、世に光をもたらすためにこの世に生まれたと。

 私には日本のお正月も同じように思える。寒い日は続いても、徐々に日は延びて、少したてば近所の梅の蕾もふくらみ始めるから。

 春は出番を待ちかねている。

少しづつ元気になって、流星の原稿も出来たし、お酒も飲めるようになってきた。

自分の生活の流儀が戻って来つつある。

昨日は久しぶりに勤め帰りに『日和下駄』を読んだ。蝙蝠傘を片手に携えて。

東葛人さんのブログにあった手賀沼の近くを流れる金山落しの今井の桜も、もうすぐ開花するのだろう。

早く花見に行きたい。

2009年3月 8日 (日)

命に乾杯。人生は一度きり

数日前の朝、何気なくリンゴをかじったら、口の中に妙な感動が広がった。

リンゴの中に閉じ込められた大自然とか命とか、もしかするともっと霊的なものなのか、なんと呼ぶのかわからないが、その瞬間は単なる栄養価の高い食べものを食べているのではない、強力なパワーを丸ごといただいているという実感があった。

食べることが、人間以外の生き物を殺して、命をいただいていることなんか、子供の時分から漁師だった祖父にたたき込まれてきたので、十分にわかっているつもりだったけど、リンゴを食べてそんな気持ちになったのが、不思議で、とても興味深く感じた。

前置きが長くなったが、「杉浦日向子の食・道・楽」が文庫本で発売されたので、単行本を持っているのに買ってしまった。

以前読んだときは、ちょっと物足りない気がして、途中で放り出した本だ。

ところが今度読んだら、途中で熱いものがこみ上げてきて、ちょっと困った。

「おや、まあ、なんていうことだ」

食べること、生きることについて、がんに冒されて余命幾ばくもない女性が書いた魂のエッセイだった。

死後に本になったので、そうは言いたくないけど、日向子さんの最高傑作かもしれない。

好きな箇所を一カ所だけ紹介して終わりにしよう。

「時は過ぎ、人は老いる。時は止められず、過去には戻れない。リセットできないからこそ、今を見つめたい。命に、乾杯。人生は一度きり。

自分にとっての大切な節目には、たっぷり、酔おう」

BGMには日向子さんの好きだったザ・バンドの「アンフェイスフル・サーバント」を聴きながら…。

哀愁をこめて歌っているリック・ダンコもいまはもういない。

イチゴ畑は永遠に

「イチゴ狩りが出来るからおいで」

というので、妻と娘と両親の五人で久しぶりに栃木県二宮町で農家をやっているいとこの家に遊びにいった。

父の妹が嫁いだ家で、二十数年前からイチゴに力を入れるようになったという。

数日前から楽しみで、自然とビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を何度も口ずさんでしまう。

ビニールハウスのイチゴ畑は、イチゴの甘い香り、白い花と赤いイチゴの美しさ、飛び交う可愛らしいミツバチといった役者が揃って、とてもハッピーな空間なのである。

と、同時にここまで育てた叔父叔母やいとこの苦労を思うと、何かこの場所が神々しくも見えてくる。

20代に会った頃はまだ地元の企業に勤めていたいとこが、職場結婚した奥さんと一緒に立派なファーマーとして、やっていることに感銘してしまう。親の仕事を次世代につないでゆこうという気持ちが尊い。

家の近所でも畑や田んぼが少しずつ宅地や駐車場に変わり、景観が損なわれてゆく。

だからこそ関さんの森は貴重なんだけどね。

そして、無垢な感性をもった5歳の我が娘が、ここの家の子供になりたいと言った気持ちがわかる。

きっと娘はイチゴがおいしかったからというだけでなく、いとこの家でこの家の人々のかもしだす暖かさを感じ取ったのであろう。

もらって帰って作った野菜炒めのキャベツとニラの甘みがすさまじく、野菜のもつ自然界の力を感じ、厳粛な気持ちになった。

そして、そこには自然界の力だけでなく、作り手の暖かいハートも加わって、甘みが強くなっているんだ。

きっとそうに違いない。

2009年3月 1日 (日)

青木更吉「みりんが香る街 流山」に寄せて

流山博物館友の会や野馬土手の研究でも有名な青木更吉先生の「みりんが香る街 流山」崙書房出版を読了。

これはとてもいい本なので、ぜひ流山市街や三郷に住む人には読んで欲しい。

詳しくは崙書房出版

掲示板の落書落書に出ているので、そちらを参考にしてほしいが、三郷と流山の両方に関係の深い自分にとっては、大変興味深い読み物だった。

江戸川両岸の町に住む人々は、昔のようにもっと江戸川に向かい合って、川を通じて交流を深めるべきと僕は思うのだが、地域に住む人の身近な証言を題材にその事実を教えてくれる読み物を、敬愛する青木先生が書いてくれたことがうれしい。

流山市街の郷土史としても、松戸宿のことを書いた渡邊幸三郎さんの「松戸の昭和誌」崙書房出版とならぶ名著だと思う。

実際に自分の足で歩いて、友の会をはじめとする数多くの住民の話を聞いてまとめたこの本は、青木先生でなければ書けない貴重な事実がつまっている。

いつか自分もこんな読み物がかけたらと、そんな気持ちをかきたてられる一冊である。

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