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2009年2月14日 (土)

木下杢太郎と野田宇太郎、そして文学散歩

小金城趾にある家々の梅の花が一斉に咲き始めた暖かな土曜日。

山本鉱太郎先生の文章講座に参加して、木下杢太郎について学んだ。

その木下杢太郎に影響されたのが野田宇太郎。

日本の文学散歩の嚆矢となった作家である。

山本先生は20代の頃、野田宇太郎の文学散歩に数多く随行し、直接教えをうけたそうで、講座にはその時のノウハウがそのままつまっている。

つまり木下杢太郎、野田宇太郎、山本鉱太郎という流れの中にこの講座もあるわけで、そう考えると感慨無量だ。

なぜなら、私が無人島へ持ってゆく一冊、長谷川堯『都市回廊』という愛読書の中心部分は木下杢太郎とパンの会について書かれているから。

山本先生のことも、文章講座のことも全く知らない10年以上前に『都市回廊』を読んでパンの会に強く惹かれ、同じ頃野田宇太郎の『東京ハイカラ散歩』(新東京文学散歩を改題)を読んで憧れた。

自分は気がつかないうちに何か強い力で引っ張られ、北葛飾の三郷から東葛飾に戻ってきて今、文章講座に参加しているのだと思った。

だから世の中って面白いし、広いようで狭い。

人と人のつながりはどこにあるかわからない。

川本三郎が書いた『東京ハイカラ散歩』の解説にこんな印象的な一節がある。

「眼前に見えるものは確かに変わり果てた風景かもしれない。しかし文学愛好者の目で見れば、その向こうに過去の町の姿が見えてくる。文学散歩とは、眼前の風景の向こうに幻影の過去を見ることである。」

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