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2009年1月

2009年1月31日 (土)

全開!硬派な「乙女カルチャー」

すこし前に買っておいた山崎まどか『乙女日和』アスペクトが読みたくなって、読み始めたら止まらない。

中央線で吉祥寺に着いたのに気がつかなくて、あやうく三鷹にまで行きそうになったり、小金城趾に着いたのに流山線の車掌が「ヒレガサキー」なんて、堂々と叫ぶのに、びっくりしたりもう大変。

それはさておき、凡百の女性エッセイストと違う山崎まどかの面白さは、こんなところにある。

「乙女」という言葉によく似た言葉に、愛らしさ・美しさを感じさせる味「ガーリィ」という言葉があるが、「乙女」は「更にクラッシィで、ソフィスティケイテッドで毅然としていて基本に忠実で、少女の心を失わなずとも十分に大人へとシフト可能」(『オードリーとフランソワーズ』晶文社)だという。

面白いなあ。

「乙女」という言葉にこんな硬派なニュアンスを与えるなんて、ものすごく新鮮に感じる。

『オードリーとフランソワーズ』が「乙女カルチャー入門」というサブタイトルだったのに対して、この『乙女日和』には「12ヶ月のお散歩手帳」というサブタイトルがついている。

この前ブログで「東葛歳時記のようなものがあったらいいなあ」って、書いたけど、山崎まどかこの本であっさりとは見事な東京歳時記を展開してくれた。

世田谷在住の人なのでやや東京の西寄りに偏っていて、山手線の東側の情報が薄いのが不満と言えば不満だが、そこまでやられちゃあ、こっちのやることがなくなるので、自分もがんばらなきゃって思う。

山崎まどかに刺激されて、ピチカートファイブの古いアルバムで「何かいいことないか子猫ちゃん」なんぞを聴きながら文章を書いていると、とってもいい気分だ。

調子に乗って、名前も知らなかったトレイシー・ソーン『遠い渚』なんてCDを注文してしまった。

ここ数日、ちょっとイカれた50おやじである。

2009年1月28日 (水)

手作り本の講座がある

2月8日(日)13:30~17:00流山北部公民館で流山市立博物館友の会主催の中村哲夫さんによる手作り本の講座がある。

中村さんはグラフィックデザイナーにして、旅行作家というユニークな人で、博物館友の会でも本の装丁や企画業務に大活躍されている。

建築にも造詣が深く、最近は崙書房出版から「千葉の建築探訪」「茨城の建築探訪」という面白本も出版されている。

手八丁な上に、口八丁な人で、軽妙なしゃべりも魅力的である。

そんな中村さんと昨年ある会合で話をしたら、最近こっているのが、手作り本だという。自分にとっても大変楽しみな講座である。

もしご興味がある方は是非流山市立博物館友の会事務局山本鉱太郎先生まで連絡していただきたい。

住 所:〒270-0127流山市富士見台2-5-7 小田急ハイツ 3-102

電 話:04-7153-3958

友の会も高齢化が進んでいる。新会員の増加によって、新しい活力が生まれることを期待している。

2009年1月25日 (日)

じゅんさい池の梅

浅草橋にひな人形を買いに行った帰りに、家族で国府台のじゅんさい池に行った。

近所に住む仲間のHさんからどうやら梅の花が咲き始めているらしいという情報が来たので、見ようと思った。

一斉にさいて、すぐに散る派手なソメイヨシノより、僕は寒い北風に吹かれながらけなげに咲き続ける梅の方が好きだ。

自宅の近所の馬屋敷緑地も梅がきれいだが、じゅんさい池はもっといい。

池や水鳥や周辺の緑とのマッチングが鮮やかで、特にこの季節に行くのが僕の毎年の楽しみなのである。

二月には満開になるだろう。

市川周辺を休日に散歩する楽しみが一つ増えた。

愛犬ハニーと一緒に重ねた歳月

この一ヶ月くらいで、愛犬のハニーが急激に衰え始めた。

目が見えないのは前からなので、仕方ないが、鼻も耳も駄目になってきたらしく、明らかに反応が鈍い。

散歩に出てもきちんと家まで帰ってこられなくなった。

13年前のクリスマスに赤いリボンのついた小箱に入って、三郷の我が家にやってきた子犬が、よぼよぼの老犬になっている。

キャバリアという犬種で、若い頃はまるでディズニー映画「わんわん物語」のレディーちゃんのような愛くるしさだった。

ハニーの命はあとわずかなのかもしれないが、ハニーと同じ歳月を自分も重ねた。

年が明けてから、否応なしに自分の年齢を意識し始めている。

2009年1月18日 (日)

変貌する新三郷に行った

今日は数年前まで住んでいた新三郷に行った。

二十年前、初めて新三郷に引っ越した頃、自宅のマンションの隣には大きなため池があって、毎年カエルが大量発生していた。

駐車場に車をとめるとき、道路上をうめつくしたカエルを踏んでしまうのが、申し訳なくて、いつも心の中で手を合わせた記憶がある。

ところが僕の住んでいた町にイケアという大型の家具店が出来て、武蔵野線の操車場跡地は、高級住宅地に変わり、ゴミの焼却場しかなかった三郷ジャンクションの脇に大型ショッピングセンターが出来た。

そのすべてが駄目だとは思わないが、長男がザリガニや魚を捕まえた水路は暗渠になったり、埋め立てられ、田んぼもどんどん駐車場に変わって、新三郷の町は激しく変貌しているのは事実だ。

自分が育った練馬の変貌は悲しいが、まだ大学生の長男が育った環境もどんどん失われてゆくのを見るのはつらい。

それを思うと、三~四十年前からあまり変わらない、古ぼけた小金城趾の町が、何かとても尊いものに思えてくるから不思議である。

2009年1月12日 (月)

「葛飾歳時記」が欲しいな

今年の初もうでは葛西神社にした。

葛西三十三郷の総鎮守という由緒正しい神社で、経津主尊・日本武尊と一緒に徳川家康がご祭神というこの神社は、葛飾区最古の鳥居や、富士塚もあって、見所いっぱいなのだが、あまりの寒さに家族が帰りたがって早々に立ち去ることになった。

暖かくなったらもう一度来よう。

ところで、友の会の文章講座で山本先生から正月の年中行事について、いろいろ教えてもらったので、家に帰って若月紫蘭『東京年中行事』平凡社東洋文庫 を開いてみた。

明治の頃の柴又帝釈天の様子が載っているので入手した本だが、文章講座で聞いた話がさらに詳しく書いてあって、なかなか興味深い。

若い頃はただの旧弊だと思っていた、季節ごとの年中行事が最近とても貴重なものに思えてきた。。

それらはお金などかけなくても、季節の移り変わりを楽しむ庶民の知恵なのだろう。

明治時代の若月紫蘭に対抗して、平成の「葛飾歳時記」といった趣のガイドブックがあったらいいな。

ぼくたちの生活圏である葛飾の「季節の遊び」や「季節の美しさ」を写真やイラストで紹介する面白ガイドブック。

そんなものは寡聞にして、見たことがない。

2009年1月10日 (土)

ポップス黄金時代の名曲たち

ふだん金曜の夜中は、ほろ酔い気分でタモリの「空耳アワー」なんぞを見て、腹を抱えて、笑って過ごすのが常なのだが、昔のポップス特集をやるというのでNHKを見ていたら、見事にツボにはまっってしまった。

ロック少年だった私は、60年~70年代のポップスなど、本当は好きなのに、無理矢理嫌いなふりをしていたので、熱心に聞いていたわけじゃない。

番組の中ではたくさんの曲が歌われたが、名前を知らない若い女性歌手が歌ったバート・バカラックの「雨にぬれても」は小学生の頃大ヒットしたので、耳にタコができるほど聴いた。

40年前の曲なんだけど、やっぱりいいんだよな。

永遠の名曲だよ。今は素直にそういえる。

映画「明日に向かって撃て」の主題歌。映画の壮絶なラストシーンと重なって、聴いているうちに切なくなった。

そういえば主演のポール・ニューマンも去年亡くなったんだ。

カーペンターズの「遙かなる影(クロース・トゥ・ユー)」もバカラックの名曲だった。

あの頃は映画にしてもポップスにしてもタイトルのつけかたがうまくて、うなってしまう。

「僕の頭の上に雨粒が」じゃあ、ちょっとね

蛇足だけど、サーカスがよかったな。「ミスター・サマータイム」の頃もよかったけど、メンバー全員いい感じに歳をとって、当時より素敵に見えた。

2009年1月 5日 (月)

正月なので九龍城の鈴木さんを偲ぶ

正月なので、のんびりと関口宏の「サンデーモーニング」を見ていたら、ふと建築家の故鈴木隆行さんを思い出した。

鈴木さんは小須田さんとおなじくダムダン空間工作所の出身で、香港にあった九龍城探検隊隊長として、岩波書店から『大図解九龍城』という本を出したことで有名だった。

鈴木さんが九龍城という魔窟に魅せられて、だんだん建築から心が離れつつある頃に知り合い、「町の魅力」や「社会のありかた」について、夜を徹して語り明かすようになった。

墨田区から江東区一帯を一日がかりで、仲間四人で町歩きしたこともあった。

そのうち四谷荒木町のまちおこしをやるから、メンバーに加わらないかと誘われたが、実際にフィールドワークしてみると、僕には荒木町の魅力が感じらず、イベントで有機野菜の販売を手伝っただけに終わった。

そういえば「谷中・根津・千駄木」の森まゆみさんを紹介してくれたのも、鈴木さんだった。

しばらく会わないうちに、野菜を売っているとか、居酒屋を始めたとか、風の噂に聞いていたので、相変わらず過激な活動をしていると思い、心強く感じていたのに、2005年に突然の訃報を聞いた。

鈴木さんの最後の主張はインターネット九龍城というサイトで見られるが、今思えば鈴木さんはあまりにも早く時代を駆け抜けてしまったと、残念に思う。

ちょっと小難しい話になるが、鈴木さんは僕が軽い気持ちで話したイリイチの「コンヴィウィアリティー」という言葉に強く反応したことが、深く印象に残っている。「コンヴィウィアリティー」って「生き生きとした共生」なんて、下手な訳語があるが、ようするに「多様性をもったもの同士がつながる」ということだ。

全体主義社会のように似たもの同士がつながるのではなく、多様性を維持しまま、個性をもってつながることが大切だ。

関口宏の「サンデーモーニング」の最後に出てきたのが、世界中で猛威をふるった「グローバリズム」の限界が見えてきたいま、人間界を含む自然界には「多様性」と「つながり」というキーワードが必要だということ。

時代を先取りした感性をもっていた鈴木さんと一緒に、夜を徹して広げた大風呂敷のほんの一部でも実現させなきゃいけない。

それが昔の仲間としてせめてもの務めであろう。

2009年1月 3日 (土)

奄美大島ビッグダディ一家の物語を見て

なんだかとんでもない出来事ばかり続いた年が明けて、新年を迎えた。

いつもなら、なんとなく年が明けてしまうのだけど、今年は「明ける」という言葉に重みを感じる。

ひょっとすると幕府が瓦解して江戸から明治に変わったときに匹敵する、大きな時代の流れがきているのかもしれない。

変革期だから、流れをつかむのも、押し流されるのも才覚ひとつという厳しい時代なのだろうけど、一方でぼくたちには丑年らしくゆったりとした生活のリズムを思い出すことも必要じゃないかと思う。

昨日テレビでやっていた奄美大島で暮らすビッグダディ一家の物語に魅入ってしまった。

赤ちゃんが一人誕生しただけで、村の人が老若男女とわず全員であつまり祝福する。

打ち上げ花火が上がる。

自分が子供の頃は、母の実家の茨城の家もこんな雰囲気だった。

1971年に結婚した従姉妹の結婚式は自宅で二日間続いて、村祭りのようだった。

たった30数年前のことだ。

疲れて、大変な行事で、今はその村でもあんな形式の結婚式はやらない。

もっと合理的になっている。

それで、僕たちは幸せになったのかな。

そしてあれからぼくたちは進歩したのかな。

ときどきわからなくなる。

2009年1月 2日 (金)

流山のギャラリーよしさん

葛飾地域 町の巨匠たちにギャラリーよしの小坂さんを追加した。

本当は町の巨匠のトップにあげたい人だったのだけど、自分のところのホームページは作らないといっておられたので、いままで紹介できなかったが、開設されたとの連絡をいただいたので、リンクを張らせていただくことにした。

関西の生まれで、神奈川県で暮らした小坂さんの、流山に来てから町の魅力を伝える活動には頭が下がる。

失礼を承知でいいたいけど、東葛に暮らす人々がどれほど、いままで東葛の魅力を伝えるために努力していたのだろうか。

とりあえずギャラリーよしさんを尋ねてほしい。

ご主人の熱意はそこで初めて理解できるはずだから。

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