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2008年10月

2008年10月18日 (土)

ボブ・ディラン「ロイヤル・アルバート・ホール」

ボブ・ディランのドキュメンタリー映画に「ノー・ディレクション・ホーム」がある。その中でも一番のハイライトシーンは66年にやったイギリス公演のライブシーンだ。

その時の演奏をCDに納めたのが「ロイヤル・アルバート・ホール」というアルバム。

カーステレオで聞いていたら、たまらなくなってついブログに書きたくなった。

いまでこそ変な声で歌うおじいさんだけど、この時代のかっこよさは異常だ。日本でも岡林信康、吉田拓郎をはじめ数多くのフォロワーが出たけど、そういうレベルの人じゃない。

この時代、あのジョン・レノンですらディランに憧れていたという事実が全てを物語る。

マルコムXやケネディが暗殺された時代、アル・クーパーなどバックバンドのメンバーが暗殺を恐れて次々と離脱する中、命がけで歌い続けた魂の歌。

日本でも、若者が少し髪を伸ばして歩いているだけで、知らない男に髪を切られるような時代だった。

ディランの歌と、バックのロビー・ロバートソンのギスギスしたギターが、ベトナム戦争にはまりこんでゆく悪夢のような社会を象徴しているかのよう。あえて名盤とは言わない。今時のライブに比べたら録音も汚い。

でもね。これが本当のロックなんだよ。

ロック史上最高の名盤じゃないけど、最高の緊張感をたたえたアルバムであることは間違いない。

「ユダ(裏切り者)」と怒鳴る客に「アイ・ドント・ビリーブ・ユー」

って叫ぶあたりで、興奮が頂点に達し、その直後「ライク・ア・ローリング・ストーン」のイントロが始まるところで(あまり使いたくない表現だけど)鳥肌が立つ。

この後、星の数ほど多くのロック・ミュージシャンが出たけれど、誰も越えられない。

40年近くロックを聴いてきて、数年前までディランがキライだったへそ曲がりの述懐である。

2008年10月12日 (日)

「ユリイカ」臨時増刊号「杉浦日向子」

雑誌「ユリイカ」で杉浦日向子の総特集が出た。

いつかはこういう形で何か出るとは思っていたが、意外に早く出たのでびっくりした。杉浦日向子の存在の大きさは時がたつにつれて多くの人に理解されてゆくと思う。

私は日向子さんと荷風さんを対峙させた随筆を書いて、尊敬する人から牽強付会だと注意されたことがある。

しかし、この件だけは誰にも譲れない。

日本文学史には何人かの女荷風が出た。

林芙美子に始まり、最近の持田叙子まで。

皆さん素晴らしい作家や評論家だけれど、本気で荷風さんを乗り越えようとして、半ば乗り越えることに成功したのは日向子さんだけだったと私は思う。

ユリイカでも日向子さんと荷風の関係について記述はなかった。

ところが「大江戸観光」を読むと、荷風さんと、そのフォロアーだった正岡容について直接言及していて、まだ若かった日向子さんの今後やりたいことの設計図らしきものが書かれている。

その内容について解説するような野暮なことはしないので、興味がある人は自分なりのセンスで「大江戸観光」をよんで、考えていただきたい。

荷風さんとの関係を考えると、日向子さんが最後の力を振り絞って挑戦したのが掌編小説だったのは、興味深い。

どことなく江戸の戯作や落語を思わせるテンポのいい会話が、現代の都会を舞台に展開される。

明るいのだが、どこか絶望感を感じさせる不思議な風景。

『ごくらくちんみ』の最後、たてがみさしみを読んだとき、私は不覚にも落涙した。

2008年10月 8日 (水)

松戸がこんなに面白いなんて

二ヶ月近く松戸、流山を勉強して歩いている。

特に松戸。36年間知らなかった松戸に関わる多くの事実を知ると、この町は伊達に50万人近い人口を抱えているわけじゃないことがよくわかった。

ちょっと松戸を小バカにしていた自分の無知が恥ずかしい。

江戸時代から明治大正にかけてこの町は黄金の日々を過ごした。

今では見る影もないけれど、その衰え方が浅草や吉原や柳橋のようでまた郷愁をそそる。

自分の中の永井荷風的感性が松戸という町をとらえたとき、町と人とのスリリングな出会いが生まれる。(変な文章である。まあいい)

さがみやの大福や栄泉岡松の麩まんじゅうが食いたい。

関やどのすごもりそばでビールが飲みたい。

食べてるばかりじゃなく、狐橋を渡って赤いり樋門に行きたい。

そこで荷風さんのように自分から作り出すはかない空想に身を打ち沈めたい。

世の中から捨てられた成れの果てだというような心持ちになって、平潟を歩きたい。

遊女を葬った来迎寺のあたりを散歩し、遊郭の唯一の痕跡である柳の木を眺めたい。

松戸は、三ノ輪から浅草あたり(樋口一葉の『たけくらべ』の舞台である)まで行かなくても、これだけ楽しめる場所である。

いやむしろ空襲を逃れ、坂川が生き返った分だけ、空襲で焼かれ、山谷堀が埋め立てられたあの界隈よりも昔日のおもかげを残した町だと言えるのかもしれない。

荷風さんのファンはぜひこの町に遊びに来てほしい。

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