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2008年8月 6日 (水)

21世紀の新しいムーシカ文庫を始めよう

先日書いた石山修武氏に関する書き込みに対して、このブログを読んだある男性から、僕の文章に誤解を与える表現があるので訂正すべしという旨のメールを頂戴したので、そのメールへの返答を兼ねて、思うところを述べたい。

一昨年の秋頃から、それまで書きためたエッセイや論文が出版化され、徐々に一般の人の目に触れ始めた。自分の書いた文章が出版化されるまでには、編集者をはじめとする様々な人の目に触れて、作品として仕上がり、書店に並ぶ。

その過程で、作者として小説なら二十回以上、エッセイや論文でも十回程度は推敲を行い、最後に音読して仕上げを行い、自分の名前とタイトルを付して、作品として世に送り出す。

そんな本作りの厳格さに対して、ブログで書く文章は、ふと思いついたアイデアやつぶやきを書き留めただけで、とてもじゃないが、こんなものは石井一彦の作品と呼べる代物じゃない。

作品としての文章を公に発表し始めると、ブログに書く即興演奏のような文章を世の中に送り出すことが、怖くなった。

これが一年半以上、ネット社会から遠ざかってしまった最大の理由である。

じゃあ、何で新たにブログを始めたのか。

それは、ブログの位置づけが自分の中で違ってきたから。

ネット社会のようなバーチャルな空間で、メールや掲示板だけでワアワア議論することなど、意味のないことだとわかったから。

ブログやネット社会のような道具は、本当に信頼しあえる仲間を集めるために利用すればいいのであって、そんな場所で実際に顔を合わせない人間同士が不完全な言葉をぶつけ合っても良質なコミュニケーションなど出来ないことを理解したからだ。

僕は「新葛飾土産」というブログで自分のアイデアやつぶやきに共感してくれた人と、実際に出会って、さらに深く意気投合して、何かを作り上げたいと思う。

それがダムダンにいた石山修武さんや小須田廣利さんに教わった「ビルディング・トゥギャザー」の神髄である。

ブログなどそこまでに至るための数ある手段の一つでしかない。

だから石井一彦の作品でない、単なるアイデアやつぶやきに対して、批評されても答えに窮する。

ほんの数秒前に考えたことだって、何でそう思ったかなんて忘れてしまう。50過ぎのオヤジの記憶力など、そんな程度である。

ただ一つ言えることは、「ブログでの即興で出たつぶやきだから、気に入ったことだけ覚えておいて下さい。気に入らないことは無視してください。共感する人は仲間になってください。共感できない人は立ち去って下さい。」

これが僕の考えるブログでの基本的立場だし、そのくらい割り切らないと勤め人の僕がたった一人で毎日更新など出来るはずもない。

二年前に僕は随筆雑誌「流星2号」でこんなことを書いた。

 コミュニティが機能しない時代だからこそ、昔ながらのコミュニケーション回路を復活させる。IT全盛の時代にはそっちの方が新鮮だ。為政者が「美しい国」なんて抽象的なスローガンをマスメディアを通じて流すのなら、ぼくたちは具体的な内容を、方言混じりの話し言葉で語り合う場所を住んでいる地域の中に作ろう。

杉浦日向子の、『もっとソバ屋で憩う』にあった山形のソバ屋萬盛庵のような場所がいい。

「この店では、ふだんつかわない二階の大広間で月例会を三十年以上にわたり続けている。休日の昼、毎回スピーカーをひとり招き、十五分ほどの食前卓話(それぞれの専門分野の貴重な裏話だが、学術的なことにかぎらず、家業の苦労、趣味の楽しさなど話題は無尽。新内、木遣りなどの邦楽。洋楽のソロなどのミニ・コンサートもある)の後に、今月のソバ献立という、主人の心尽くしの季節を味わうソバ料理と美酒に興ずる。(中略)こんなところで、江戸の庶民文化がしたたかに息づいている。」

 この文章は最終的に「小さな町の不思議な空間」の一部として発表したが、最初につけたタイトルが「ムーシカ文庫を始めよう」だった。

 いぬいとみこという希代の作家が精魂傾けた事業である練馬のムーシカ文庫という魅力的な空間について知りたい人には、DVDでも、本でも何でも貸してあげるから、取りにおいで。

本当に大切なことはブログなんかで説明しないから。

僕の気持ちはこれを書いたときから、全く変化していない。

そのための試みが流山市立博物館友の会の文章講座における活動だし、これから始まるであろう葛飾図書館友の会の活動もそうなればうれしい。

僕と話しをしたかったら、流山の文章講座にオブザーバーでもいいから足を運んでいただきたい。

逃げも隠れもせぬ。

そのために会社勤めという身分にもかかわらず、ネット社会に実名を公表することを決意したのだ。

だから、ブログやメールのような不完全な場所で小難しい論争などしたくない。明日死ぬかもしれぬのに、そんなことをやっている時間などない。

もちろんブログで書いた文章は、発表後も適宜修正を加えている。しかし、それは他人から指摘をうけたからではなく、自分自身納得がいかない部分が出てきた時である。

とにかく葛飾地域の中で共感の輪を作ろう。

共感の輪ができたら、みんなで相談して、一緒に21世紀の新しいムーシカ文庫を始めよう。本が嫌いなら、萬盛庵のようなソバ屋でも何でもいいじゃないか。とにかく集まりを始めよう。

僕の望みはそれだけである。

最後に石山修武「笑う住宅」筑摩書房(現在はちくま文庫)の中から一番好きな文章を紹介して終わろう。

どんな形式でも構わない、何しろ集まりを作ること、この楽しみ、この喜びに勝るものは他にない。その為に必要であれば建築もしよう、何もしようと考えているだけなのである。いずれ、いつの日か、これだけはできるかどうか解らないけれど、あなたのライフワークは何ですかと聞かれるようなことが万に一つもあったならば、ダムダンを始めとする幾つかの集まりですと、ヌケヌケと答えてみたいものだ。

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