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2008年8月24日 (日)

オリンピック雑感

オリンピックが終わった。

ぼくのことを純粋に文学系だと思っている人は、意外だと思われるかもしれないが、実はかなりのスポーツマニアである。

大学を卒業するとき、家が裕福だったら、アメリカに遊学してメジャーリーグを見て回って、スポーツマネジメントを勉強したかった。

当時のメジャー26球団のスターティングラインナップは完璧に暗記していたな。

貧乏な家で当然、そんな夢はかなわなかったが、10年前自分の息子たちのために住んでいる地域にバスケットボールスクールを作る程度のことは出来た。

技術面に優れたコーチがいたので、マネジメントをやってあげた。

何で自分にそんな情熱があったのか、今思うとスポーツに限らず、ぼくは子どもたちや若い人が本来持っている才能を発見し、自らそれを開花させてゆくプロセスをながめるのが、たまらなく好きだからだと思う。

「北島は天才じゃない」なんていう話がある。

体が硬くて、最初は誰も注目するような選手じゃなかったという。

それはそうだろう。アスリート能力だけで、超一流の選手が出来ると思ったら大間違いだ。それは、他の分野でも言えることだと思うけど。

じゃあ、伸びる人はどんな人かって?ぼくだってたいした選手や人材を育てたわけじゃないけど、これだけは言える。

多分本人にもなんだかよくわからないけど(つまり自分の内側から染み出てくる)、ある小さなこだわりがあって、それに頑固にこだわり続けるやつ。そんなやつが一番怖い。

(※鶴見俊輔の言う「卒業しない人」もそれに近い考え方かもしれぬ)

自分の心の中にゆとりの空間と、クールさを持ち合わせている。

その二つが成長の原動力なのだろう。一つの小さなこだわりはやがて、いくつものこだわりとなり、やがて大きな自分独自の世界に育ってゆく。

そんな奴は目を見ればすぐにわかる。

何をやっても中途半端以下で、たいした才能も持ち合わせなかった自分が人に誇れる唯一の才能が、それである。

残りの人生で、どれだけそんな目に出会うことが出来るんだろう。

そして、それよりも普段自分はどんな目をしてるんだろう。

鏡でしか自分の目を見ることが出来ないのがつらい。

オリンピックが終わった今、それが一番の気がかりである。

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