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2008年8月28日 (木)

ママチャリで行く流鉄沿線(上)

午後から少し時間がとれたので、ママチャリに乗って馬橋から流山まで流鉄沿いの小さな旅をした。

出発はまず「馬橋」から。

中根立体のたもとにある小さな橋である。コンクリートで出来たやや古風な橋で、山本鉱太郎『旧水戸街道繁盛記』によれば、もともとは木製だったらしい。

子どものころからなじんだ馬橋という地名だが、初めて「馬橋」と対面して、納得。心のスイッチが江戸時代に入る。

そして東京ベイ信金馬橋支店にある大川立砂旧宅跡へ。

現在は標柱以外何の痕跡もなく、目の前にあったという大川米店も消えていた。写真を撮っていると、信金から出てくる人々から不思議そうに眺められた。松戸市民ったって、小林一茶は知ってても、大川立砂なんて知らない人がほとんどだから、仕方ない。自分も初めて来たんだから大差ないけどね。

そこから、新松戸郷土資料館に行ったが、月から水まで休みだと聞いてがっかり。二年前の『東葛流山研究』には水曜日から日曜日開館と書いてあったのに…。

やむを得ず、そのまま鰭ヶ崎の東福寺にゆき、山門と階段を撮影。

左甚五郎作と言われる「目つぶし鴨」の彫刻が有名だけど、ぼくはこの山門と階段が好き。市川真間の弘法寺ほど立派じゃないけど、そのぶん素朴な野趣があって、三船敏郎のような素浪人と侍が決闘していそうな迫力を感じる。真ん中の手すりがなければもっといいんだけど、仕方ないか。

そして、南流山駅の近くにあるそば屋源介庵に。

昼ご飯がまだで、小腹が空いたので、冷や酒とそば味噌とかけそばを注文する。源介庵は極めて平均点が高い店で、気がつくと何度も行ってしまう。大人のオアシスのような店だ。

流山はソバ屋のレベルが高く、この近所でもそばや酒だけならもっと上手い店もあるし、もっと接客のいい店もある。でも立地や入りやすさ、クリーンネスなどいろいろ加味すると、ナンバーワンだな。

江戸ソバリエとかいうソバ屋本で絶賛されるだけのことはある。

長くなったので、平和台から先の後半はまた明日。

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