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2008年7月27日 (日)

雨の夕暮れの屍のような美意識

朝、テレビでサンデーモーニングを見ていた。

今朝は敬愛する田中優子が登場するので、いつもよりしっかりと見た。

田中優子は秋葉原の通り魔事件の話の中で「敵を間違えるな」と言った。

関口宏は適当に流したので、問題発言にならずにすむかもしれないが、視聴者に通り魔事件を一部肯定しているような誤解を与えかねず、ちょっとハラハラした。これが生放送の怖さだと思った。

発言全体を通して聞いてみて、そのとき田中優子が言いたかったのは、こういうことではなかろうか。

若者の考える力が衰え、自分の置かれている現状を分析する力がなくなり、なにが自分の不幸を作り出してる根本原因かわからないし、知ろうともしない人間が増えている。

そんな人間が社会に復讐するために「誰でも良かった」と殺傷事件を起こす風潮が現れてきている。

もしそういうことなら、全く同感である。

昨日僕は美意識の問題を言ったが、二年前「流星」という雑誌に書いた「小さな町の不思議な空間」という随筆で、美意識と同時に考える力の大切さを書いた。

 でも、そんな危険な時代ならなおのこと、ぼくたち大人は声高く不満を叫ぶ前に、子供たちの考える力を養い、美しいものに感動する心を育てることが、急務なんだと思う。平成十四年に亡くなったいぬいさんは、ムーシカ文庫の活動を通して、そのことを教えてくれた。それなら今、本など読まずとも、簡単に楽しめるものが溢れる時代に、教え子のぼくたちはどうしたらいいんだろうって考える。

僕はこの文章に続けて、ITでの情報交換だけに頼らない、近隣に住む人々集う昔ながらのコミュニケーション回路を復活させることの大切さを説いた。

そして、それがこの二年間でさらに急務になってきたことを感じる。

ところが、自分一人で出来る範囲などでは、大したことが出来ないこともよくわかっている。そこで最近、現在も会員として活動している「流山市立博物館友の会」に加えて、「葛飾図書館友の会」という団体に入会した。

こちらは葛飾図書館がリニューアルオープンすることにともない、新しい図書館活動をしてゆこうと6月に発足したばかりの団体である。

現役の勤め人である自分が、どこまでこの団体に貢献できるかわからないが、志を共有する仲間が一人でも見つかればうれしいと思っている。

ところで、タイトルのフレーズだが、田中優子「江戸を歩く」集英社新書に出てきた中でも一番大好きなフレーズである。

吉原の遊女たちの慰霊塔の横に永井荷風の詩を刻んだ石碑がある三ノ輪の浄閑寺について述べたくだりを紹介した後で、田中優子はこう述べる。

 

荷風は相磯凌霜との対談で、自分の遺骸は粗末な駕籠に乗せて、雨の日の夕暮れに浄閑寺に送り込んでくれ、と語った。荷風は自分の身を、引き取り手のいない遊女に見立てたのである。かつて日本には前向きでなく後ろ向きの、楽しさではなく哀しさの、雨の夕暮れの屍のような美意識が、あったのだった。

こんな文章を読んだ後に、古今亭志ん生の「お直し」をCDで聞くといい。

暗く、切ない、どこまでも落ちてゆく、とことん駄目な男と、そんな亭主を捨てられない女房の話。

志ん生は昭和三十一年、そんな「お直し」で芸術祭賞を受賞した。

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