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2017年9月25日 (月)

子ども時代にLEGOブロックで、毎日飽きもせずに、おうちを作ったり、壊したりしていたのと何ら変わらず、結局「三つ子の魂百まで」って、昔の人は上手いことを言うなあと、今さらながら、感心している次第です。

どんどん、ブログ更新の頻度が落ちてるなあと思いつつ、9月最初のブログ更新です。

7月に還暦を迎えてから、いろんなコトをリセットしてみたくなって、長年身についた様々なモノやコトを一から見直してみよう。まずは身の回りの整理から始めよう。
こうして、何もかも、変えてしまいたくなって、ひとり文化革命ですね。

その中でも一番大きいのは、自宅の書籍の半分以上を那須の山小屋に移動して、新たな読書空間を作ろうとしているっていうこと。
すると、否応なしに、いままでずっと封印してきたデザインや設計することが習慣になって、ガラガラな通勤電車の中で、毎日のように絵を描いたり、妄想に耽ることが多くなっている。
おそらく、ブログで文章を書くことよりも、読書空間を作ることが最大の自己表現の手段になっているのかもしれない。

という感じで、人生最初で最後の、空間設計に挑んでいる訳です。
といっても、人様の金で、人様が使う建物を作るような設計家のような立派な仕事をしているんじゃなく、自分が遊ぶ場所を作っているだけだから、子ども時代にLEGOブロックで、毎日飽きもせずに、おうちを作ったり、壊したりしていたのと何ら変わらず、結局「三つ子の魂百まで」って、昔の人は上手いことを言うなあと、今さらながら、感心している次第です。

プロの設計家じゃないから、デザイン下手です。
現場に行っても、ささいなことで、一時間も、二時間も考え込んでしまうことも、しょっちゅうです。
それでも、もっと歳をとって、後ろを振り返った時に、60歳で本気になって、空間設計をやったことが、かけがえのない思い出になると思います。

誰のタメに設計しているかというと、もちろん上記の通り、自分のタメでもあるんだけど、去年生まれた孫を喜ばしたいと考えていることに、ふと気がつきました。
25年前に、息子を遊ばせようと、作り始めた山小屋なのに、いまは息子の息子のタメに作っている自分を発見して、進歩のなさと、歩みの遅さに苦笑してしまいます。

とはいえ、今までのような悠長なことを言ってられないのも、事実。

来年には那須高原で、ユニーク読書空間をオープンさせるために、精魂傾けてゆきます。

あまり意味はないんですが、最近気に入っているクラムボンの「yet」を。

2017年8月14日 (月)

従米保守のアベ政権が何をしてきたのか、アメリカ及び日本のハイソサエティ層と一般の日本国民、どっちを向いて仕事をしてきたのか、そろそろ結論が出てきたところで、今年の8月15日を迎えることに、大変奥深い意義を感じる。

小学生のころ、プラモデルで、第二次世界大戦で戦った戦車や軍艦、戦闘機や爆撃機を、たくさん作って遊んだ。
どこの国かは関係なく、日本、アメリカ、ソ連、ドイツ、イギリス、いろんな国の兵器の模型が狭い家の中にぎっしりと集まって、さらに映画『トイストーリー』に出てくる兵隊のプラモも大勢駐屯していて、ずいぶん勇ましい風景だったっけ。
そんな状況でも、絶対に買う気にならなかったのが、B29のプラモデル。
東京大空襲で、自分が育ったまちを焼き払ったこの飛行機だけは許せなかった。
コックピットが機体に埋まったデザインも、ヘビの頭みたいで、気持ち悪かった。

そもそも、当時はあまり売っているのを見かけなった気がする。
東京大空襲や原爆投下から20年くらいしか経過していない時期だから、見るのもイヤだと思う日本人も多かったのかもしれない。

昨日NHKで放送された
BS1スペシャル「なぜ日本は焼き尽くされたのか~米空軍幹部が語った“真相”」
は見応えのあるいい番組だった。

アベ様のNHKとバカにされていたNHKの底力を見せつけられたいい番組だった。
極めて冷静に、技術的に空爆を解説していて、納得がいった。
何しろ、高射砲の届かない高高度から爆弾を落とすB29の爆撃精度が酷いモノだとよくわかった。
よくアメリカがキリスト教施設は爆撃しないように、避けていたとかいう伝説があるが、
そんなのたまたま命中しなかっただけだろうって、よくわかる。
深川にある東京大空襲資料館で見た写真には、実際に空襲で上智大学のチャペルが破壊された写真もあったしね。アメリカの空爆を美化したいための、戦後作られた伝説だと思う。

従米保守のアベ政権が何をしてきたのか、アメリカ及び日本のハイソサエティ層と一般の日本国民、どっちを向いて仕事をしてきたのか、そろそろ結論が出てきたところで、今年の8月15日を迎えることに、大変奥深い意義を感じる。

第二次大戦のコトや日本のこれからの立ち位置について考えるのに、いい本を見つけたのでリンクを張ります。

それにしても、小林よしのり。最近キレッキレです。
いわゆるリベラル派だけの意見だけだと、深みがない。
中江兆民『三酔人経綸問答』のような、複線的なものの見方を提供してくれる本を探していたので、これは良かった。

わあ、ここまで、かなりマジメに、柄にもなく天下国家のコトを書いてしまったので、疲れました。

最後は気楽に矢野顕子ね。
最近、矢野顕子がマイブームで、懐かしき未來的観点から見て、やっぱりこの人は天才だったと痛感してます。

2017年8月 5日 (土)

例えば「老老介護」なんて言うと、暗ーくて、地味な気持ちになるけど、年齢に関係なく、元気な人が近くにいる元気じゃない人の面倒をみるんだと思えば、ごくごく自然なことで、地域だの、コミュニティといった抽象的な言葉より、ボクの心を打つ。

ぼくは人と協調しながら仕事をするのが苦手だとわかったから、ちょっと前まで、「まちづくり」とか「地域おこし」といった言葉には偏見を持っていて、そういった活動ではなく、製作の全てのプロセスを自分ひとりでできることをやろうと、数年前から小冊子づくりを始めた。

とは言いつつも、自分の住んでいる所や、関わりのある町は気になってしまう。
自分も老境に入っているから、友達や親類も高齢化しているってことに、初めて気づいた。
ふと足元を見まわすと、宮澤賢治のこんな詩

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

「雨ニモマケズ」(青空文庫より引用)

にも似たような状態で、老人と病人が多いことに唖然としてしまう。
だけど、まあ、長く生きていれば、誰でも病気の一つや二つは抱えるのが自然で、
杉浦日向子の名言「どうせ死ぬまで生きるんだ」から、老い+病気=死なんて、いくら考えても、寿命が延びるハズもなく、そんなモンは、物置の奥にでもしまって、その日、その日を、明るく、楽しく、元気よく暮らすには、どうしたらいいんだろうって、考えるようになった。

例えば「老老介護」なんて言うと、暗ーくて、地味な気持ちになるけど、年齢に関係なく、元気な人が近くにいる元気じゃない人の面倒をみるんだと思えば、ごくごく自然なことで、地域だの、コミュニティといった抽象的な言葉より、ボクの心を打つ。

そうなると、一時期見向きもしなかった「まちづくり」関係の本が気になりだす。

例えば、山崎亮さんと國分功一郎さんの『僕らの社会主義』

松村秀一さんの『ひらかれる建築』


大月俊雄さんの『町を住みこなす』

最近出版されたこんな本を読んでいると、未来が開けてくる気がする。

昔は人気がありすぎて、ちょっと敬遠していたけど、髪が薄くなっても、おなかが出ても、年齢に関係なく、ぶれずにロック少年のままでいるニールヤングは、100%信頼できる数少ない存在で、ここ数年大好きになってしまった。

ぼくもこんな老人になりたい。

これは1971年、人気絶頂期の弾き語りライブ。
いま聴いても新鮮で、気絶するほどいい。

2017年7月29日 (土)

イデオロギーで分類するんじゃなく、食べるために働かなきゃいけない、職場のストレスをジョッキ一杯のビールで癒やすような人たちの代表として、力いっぱい働く、そんな政治家を永田町に送り込みたい。有名人なんてもういらない。

先日朝早く、っていうか深夜の三時半に目が覚めてしまって、眠ろうとしても、どうしても眠れないので、仕方ないから布団の中であれこれ、いろんなコトを考えた。

たとえばこんなコト。

①リクルートスーツなんてモノを着て、会社訪問なんてことをやる人。
②職場が合わなくて、辞めたいけど、年金がもらえる65歳まで働かないと、食べていけない人。
③長期間の住宅ローンがあって、起業する度胸も才能もないから、やっぱり会社員として仕事しなきゃ、食べていけない人。

世の中の大半は、そうやって平凡に、額に汗して働いている人たちでしょ。
もちろん、ぼくもそう。

ところが、いまの日本で政治の世界を牛耳っているのは、上記の①②③には該当しないでしょ。
④親や祖父の代から、政治家だったり、町の名士で政治と関わってきた人。
⑤生まれながら頭脳明晰で神童とよばれ、エリート街道をひた走ってきた人。
⑥スポーツや芸事で特殊な才能を発揮して、若くして有名人になった人。
プラス⑦宗教関係の人

政治の世界っておおむね上記のパターンで、その中でも一番トップにいる人が自民党に入って、一番になるには、何か不足していて、自民に入ってもトップにいけないような人が民進党とか維新とかに入るっていうのがおきまりのコースでしょう。

①②③のような平凡な人の代表って言うと、昔は社会党や民社党っていう社会主義ベースの党があったけど、冷戦終結とともに、消滅してしまったし、いまなら共産党が社会主義ベースの党なんだけど、マルクスレーニン主義というイデオロギー自体、勘弁して欲しいって気分があって、ぼくたち凡人の代表が政治の世界にいないから、どこにも投票する気がなくなっちゃう。

選挙に足繁く通うのは今の状態を維持するのに必死な成功者である④⑤⑥⑦の人たちだから、アベ某が5年間も君臨して、やりたい放題やっちゃって、「国民の生活が大切なんて政治は間違ってる、日本だけが道議大国になれる」なんて形而上学的ことを言ってるおばさんが防衛大臣でも、だれも文句を言わず、マスメディアも消えた年金のことなんかも、忘れたフリして話題にしないようにしてた訳でしょう。

でもさあ。イデオロギーファーストの国政なんか、もう二度と見たくないんだよね。
保守とかリベラルとか、右だの左だのって、いまだに新聞は古くさい分類方法で、政治家や政党を分類してるし、ネトウヨなんかも、そんな昭和時代の分類方法で、国民を分類して、敵だ味方だ、反日だ、なんだって言ってる。
イデオロギーで分類するんじゃなくて、額に汗して、食べるために働かなくちゃいけない、辛い職場のストレスをジョッキ一杯のビールで癒やしているような人たちの代表として、力いっぱい働いてくれる、そんな政治家を永田町に送り込みたい。有名人なんてもういらない。
そして、産業報国会を作っちゃいそうな連合のような労働貴族じゃなく、①②③の人たちを支持基盤にした政治勢力ができれば、きっとぼくは投票に行く。

日本にないものって。労働党なんだよね。戦前ですら、あった無産政党が、今は存在しないのが日本の不幸だと思う。

ちょっとだけ期待していた、民進党の山尾志桜里さんが、横浜市長選で自民党推薦候補の応援をしているのを、寝床のなかで見て、上記のようなことを思いついた。

高田渡が歌ってるような、こんな平凡な人たちが大事にされる世の中が来ることを祈りつつ。

2017年7月22日 (土)

豊田真由子の曲を聴くと、シャキッとするけど、聴いているうちに、心がささくれ立ってくるので、そんな時は寺尾紗穂の「たよりないもののために」なんか素敵です。

ずっと前から夏が苦手で、ひたすら夏が過ぎ去るのを待つのが、毎年の習慣でしたが、

還暦を迎えたことしからは、さらにヒートアップして、夏を乗り切ることにします。
だらけている体を、シャキッとさせたいときに、うってつけなのが豊田真由子。

もはや政治生命は絶たれたも同然ですが、ロックシンガーとしてはたいへん有望です。
この動画を初めて見たときは、のけぞりました。


これに比べたら、セックスピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」なんて、カワイイもんです。
続けて聴くと、がっかりします。


豊田真由子の曲を聴くと、シャキッとするけど、聴いているうちに、心がささくれ立ってくるので、そんな時は寺尾紗穂の「たよりないもののために」なんか素敵です。
映像も涼しげで、気持ちいいですね。


どうでしょう。すこし、涼しくなったかな。

「音楽に政治に持ち込むな」なんて、とんまなセリフを、大真面目に叫ぶ輩が、大手を振って歩いている昨今だけど、1970年前後のあの時代、確実にロックは時代をリードしていた。

還暦になって、初めてのブログ更新です。
仕事帰りに、iPhoneで音楽を聴くのは、以前からの習慣なんだけど、
ここ数年はまったりとジャズを聴くのが好きで、ロックはほとんど聴かなくなっていた。

ところが、なんだろうストーンズの『メインストリートのならず者』を図書館で借りて、
iPhoneで聴いたら、もの凄くよくって、いまのストーンズには興味ないけど、ミック・テイラー時代のストーンズを、チェックしていたら、すっかりハマってしまいました。

「音楽に政治に持ち込むな」なんて、とんまなセリフを、大真面目に叫ぶ輩が、大手を振って歩いている昨今だけど、1970年前後のあの時代、確実にロックは時代をリードしていた。
ロックから派生した様々なカウンターカルチャーが時代を引っ張っていた。
いまのようなコンピュータで作る音楽じゃなく、人力の、手づくり品のようなロックには、DIY作業に通じる現状変革のエネルギーがあったと思う。

リンクをはったのはストーンズの「ギミーシェルター」
まだ少年のようなミック・テイラーに煽られる感じで、熱い演奏をしていた、若きストーンズの面々が、輝いて見える。


それともう一曲「悪魔を憐れむ歌」
ロックのルーツはアフリカにあるわけで、これもまた時代を感じさせる。

現在のストーンズのギタリスト、ロン・ウッドという人は、あまり関わりのなさそうなザ・バンドの『ラストワルツ』にも、顔を出していて、きっと人柄がいい、世渡り上手な人なんだと思うけど、ふだん会社員の世界でそんなタイプの人とばかり接しているから、職人気質のミック・テイラーを見るとホッとして、嬉しくなる。

還暦を過ぎたら、一番好きな時代の、一番好きな音楽に戻ってゆくのかな。

そんな気がしてきた。

2017年6月17日 (土)

戦前の家父長制大家族とは異なる、21世紀型の大家族があるんじゃないかと、個人的には感じている。

ことしもあっという間に、もう6月後半だ。

ウィークデイは毎日激しく仕事をして、家に帰ると寝るだけの生活で、行き帰りの通勤電車だけが、じっくりとモノを考えたり、読書したり音楽を聴いたりする携帯空間になっている。

それにしても、電車内で新聞を読んだり、本を読んだりしている人が減ったことに、驚く。
若い人はスマホでゲームというのが、いまのスタンダード。
ゲームで暇つぶし出来るほど、暇がない貧乏な年寄りは、今の世の中にはついていけないのかなあと、ため息ばかり。

そして、とうとう自由社会に対して、とどめをさされた感のある、共謀罪成立。
20世紀を代表する経済学者にして、知の巨人ヨゼフ・シュムペーターが言ったように、経済発展の本質は「イノベーション」にある。

自由闊達な人と人との交流から、新しい経済の仕組みが生まれるわけで、野山でキノコ狩りをしたり、カメラや地図を持ってウロウロするのも、命がけの国では、イノベーションによる経済発展が存在するはずもなく。
この5年間、海外に展開する大企業ばかりが優先され、日本経済の足腰が確実に弱っていて、そこに少子高齢化が追い打ちをかける。

それでも、DIY出版の青空公房を始めて、未来への希望を拾い集めて、「懐かしき未来」というブックレットを作っている。
最近、リンダ・グラットンのベストセラー『ライフシフト』を読んだ。

おそらく、そこに書いてあることは、ぼくが「懐かしき未来」に書いたことと、どこかで通底していると思う。それは、この50年で一般的になった、誕生から就職まで、終身雇用、引退後死ぬまでという3ステージ型の職業人生が過去のものになっているということ。

その最大の原因は寿命が延びて、引退後のステージが長くなり、年金や貯蓄で賄えなくなっているということ。
そんな時代だから、ひとそれぞれ多様性のある生き方が必要になってきたし、社会が安定し始めた江戸期から、戦後の高度経済成長以前まで、僕たち庶民はどんな暮らし方をしてきたのかを知ることが、未来の生き方を考える上でも、重要になっていると思う。

それについて、書き始めると本が一冊出来ちゃうくらい、言いたいことは山ほどあるんだけど、一つだけ例をあげると、家族のあり方を21世紀バージョンにアップデートすること、どんなスタイルの家族を作っていくべきか、知恵を絞ってよく考えることが、はじめの一歩かなあと思う。

上野千鶴子の『近代家族の成立と終焉』という20数年前に読んだ本が面白くて、影響も受けたが、それももう古い。戦前の家父長制大家族とは異なる、21世紀型の大家族があるんじゃないかと、個人的には感じている。

そこから、住宅のモンダイ、職業のモンダイ、お墓や死後のモンダイ、子女や自分の教育のモンダイ、僕たちの暮らしを取り巻く、さまざまなモンダイに対して、解決の糸口が見つかるように思う。
実は、お友達のカフェと地域ガイドだと思われがちな「懐かしき未來 その1」だけど、ぼくが一番言いたかったことは、そのことだったなあと、『ライフシフト』を読了した今頃になって気づいた。

そこをスルーして、高度成長期の核家族を唯一のモデルにして、枝葉のモンダイを、ワアワアやっていれば、それぞれの思いがすれ違うばかりでしょう。

ひとまず、今日はこの辺りで、終わりにします。

今日の一曲はそれほど、大ファンではないのに、ときどき激しく聴きたくなるローリング・ストーンズ。
とくに、こんな日はこの曲がいい。

強欲なグローバルキャピタリズムから身を守り、消費しなくても豊かに暮らすためのシェルター。
全体主義国家から身を守り、心安らかに暮らすためのシェルター。
そんなシェルターが欲しいから。

2017年5月28日 (日)

なんだか、まとまりのないエントリだけど、仕方ないのよ。 考えることが多すぎて、自分の頭の中も、ぐちゃぐちゃなんだし。

先週のアースデイ那須出展を中心に、あっという間に駆け抜けていったような、5月もあと3日で終わり。
落ち着いて、パソコンの前に座る時間がなくて、ブログも滞りがち。
我ながら、毎回同じようなこと書いてる気がする。まずい。

Photo

考えることが、なくなった訳じゃなく、考えることが多すぎて、まとまんないんだよ、きっと。
家庭のこと、稼ぎのこと、青空公房の仕事のこと。

金曜日のパーティで会ったイギリスの人に自分の仕事のコトを説明するのに、
 One Man Publisher だと言ったら、妙に納得されたのが印象に残った。

アースデイは、事務局のメンバーが知り合いなので、どれだけ苦労しているか分かるから、
その努力に拍手喝采するしかないのだけれど、出展者としてはどこか違和感も残った。
この一週間、その違和感はなんだろうって、考えてみたけど、5年前に客として参加したアースデイと比べて、薄味になったなあと感じたのが、その原因だと思う。

ぼくにとって理想のイベントは、10年前に吉川で見た生活クラブの事業者交流会。
暖かい空気感が一日中流れていて、個々の製品をじっくりと体験したり、説明を聞いたりして、ゆっくりと過ごした。
そこのステージに登場したのがアグリカという男女二人組のユニット。
ふだんは八潮市で、農家をやっているという二人の奏でる爽やかな音楽に魅了されてしまった。
アグリカは3.11を機に、四国に移住してしまい、YouTubeでしか、演奏を聴くこともできなくなった。ウェブサイトをみたら最近、東京に戻ってきたみたいだから、生で見るチャンスもあるかな。

それはさておき、会話がしたいなあ。
いろんな人と心が通い合った、会話をたくさんしたいなあ。
どれほど、多くのコトバが飛び交っても、バラバラな方向を向いた矢印が、それぞれ勝手な方向に飛び回っているような、コトバのやりとりばかり見せつけられて、心がすり減っている。
特に、トロンとして目から光が消えたような政治家たちの語るコトバ。

前川前事務次官の記者会見を見て、久しぶりに、ホントに久しぶりに、テレビの画面でまっとうな大人の、まっとうなコトバを聞いたような気がした。

なんだか、まとまりのないエントリだけど、仕方ないのよ。
考えることが多すぎて、自分の頭の中も、ぐちゃぐちゃなんだし。

まったりとアグリカの曲でも聴いて、日曜日の締めくくりにしよう。

2017年5月 1日 (月)

大量生産多量消費のスタイルに疑問を持つ、ありとあらゆる分野の人たちが、住まい作りをテーマに集い、交流すること、あるいは交流する場所を作ること、それが結果的に「地域住宅工房のネットワーク」になってゆくのかなと、ふと思いました。

この数日間、建築家、宮大工、工務店社長と立て続けに三人の建築人と話す機会があり、建築や住まい作りについて、いろいろ考えてみた。

まず、最初に言えるのは、住まいを美しくすることは誰にでも出来る自己表現だということ。
建築は総合芸術だからね。しかも、ほとんどの人にとって、住まいは人生最大の買い物でしょう。

それなのに、なんで産業化されたハウスメーカーとやらの言いなりになって、数十年間の住宅ローンという重荷を背負ってしまうのだろう。ぼくには不思議でならないのです。

それでも、かつての日本のように終身雇用が保証された安定した世の中なら、まだわかる。
いまは、むき出しのグローバルキャピタリズムが最後の力を振り絞って、投資先を求めている時代。金融機関の口車に乗って、個人が重いローンなんて、抱えてはいけない。
そんなもん、無視して、好きなように家を作ったらいい。

すっかり消費者気分になって、洗脳されているコリコリの頭の中を、柔らかくしてくれるのが石山修武『セルフビルドの世界』。

石山さんは「まえがき」でこんな風に書いてるので、抜粋してみます。

ここに御紹介する、自分で、あるいは自分たちで何モノかを作ろうとする人間たちは、皆、皆さんと同類の人間たちなのです。皆さんの気持ちの中にもこんな情熱が実は眠ったままにあるのです。
生活することは実ワ、表現する、モノを作るのと同じです。

セルフビルドは(中略)日々の生活の中に常に自己表現の方策をつくり込もうという方法です。できるだけ消費のサイクルから自律を具体的に求めようとすることでもあります。

大量生産、大量消費の生活スタイルはすでにイデオロギー化しています。誰もが逃げられない教条として繰り返し繰り返し作り続けられています。その考え方そのものが、もうコレワ、大消費教という悪しき新興宗教のようなものなのです。

しかるに、それに対する生活スタイル、例えば少量多品種の生活像を描くのはなかなかできまいまんまです。
その解答のすべてではないが、明らかな一つの方法としてセルフビルドはあります。つまり少量多品種型生活の一つの生活像がここにあるのです。

自己表現としてのセルフビルドが二十一世紀の市民社会を構成する一助となるという、サンプリングモデルなのです。

どうでしょうか。ここに流れている考え方は、ぼくが「懐かしき未來」冒頭の「シリーズ懐かしき未來へようこそ」に書いたことを同じだと思うのですが。

セルフビルドというのは、広義に解釈した方がいいと思います。
建て主自ら工具を手にして、DIY作業をやるのはセルフビルドだけど、建て主自ら、家作りという人生最大のプロジェクトのリーダーになって、主体的に楽しみながら、自己表現としての家作りをするのも、セルフビルドに間違いありません。

もちろん、今すでに住んでいる古い家を、住みやすく作り替えるリノベーションだって、セルフビルドです。

今回、市川と那須と黒磯で、三人の建築人と話していて、亡くなった大野勝彦さんという建築家が「地域住宅工房のネットワーク」と言っていたことを思い出しました。

自分の空間を作りたい住み手、建築家、研究者、棟梁、それだけだと、今はもうダメ。
さらには工芸家や芸術家やデザイナー。手仕事が好きな個人。手作りを楽しむ個人。

大量生産多量消費のスタイルに疑問を持つ、ありとあらゆる分野の人たちが、住まい作りをテーマに集い、交流すること、あるいは交流する場所を作ること、それが結果的に「地域住宅工房のネットワーク」になってゆくのかなと、ふと思いました。
はたして「懐かしき未來」で、何かできるのか、知恵の出し所ですね。

懇意にしている川嶋工務店さんの那須ベーススタジオ で、ゆったりとくつろいで、話をしながらそんなことをぼうっと思い浮かべた。

          

2017年4月23日 (日)

かつて「資本主義の手先」やら「国家権力の犬」やら叫んで、成田辺りで暴れていた人が、いまは体制側に回って、政権を批判した者に対して「反日」とレッテルを貼る。 こんな窮屈な日本社会に、元気な若者がニョキニョキ育つわけもなく。フェンスの向こうのアメリカはヒップな生活革命だ、ポートランドのクリエイティブシティだ、メイカームーブメントだと、時代を逆走する日本をあざ笑うかのように、どんどん走り去ってゆく。その距離は開くばかりだ。

沖縄県にはベトナム戦争の頃、戦略爆撃機B52が北爆に出撃したアメリカ空軍の嘉手納基地がある。
Wikipediaによればスペックはこんな感じ。

総面積は約19.95km2。3,700mの滑走路2本を有し、200機近くの軍用機が常駐する極東最大の空軍基地である。また、在日空軍最大の基地である。
滑走路においては成田国際空港(4,000mと2,500mの2本)や関西国際空港(3,500mと4,000mの2本)と遜色なく、日本最大級の飛行場の一つということになる。面積においても、日本最大の空港である東京国際空港(羽田空港)の約2倍である。かつてはスペースシャトルの緊急着陸地に指定されていた。

日本最大の空港より2倍も大きな空軍基地が、細長い沖縄本島の中央部にどっかりと存在していて、周囲をクルマで走ると、フェンスは果てしなくどこまでも続いている。
23年前、沖縄に旅行した時、この嘉手納基地の大きさに驚き、そして、フェンス中の世界と外の世界の風景の違いにショックを受けた。
ぼくが何か書かなくても、嘉手納基地を検索して、Googleの航空写真で見れば誰でも分かる。
ビバリーヒルズのような基地の中の世界。基地の外にはウサギ小屋のような小さな民家が軒を接している。
この重い事実を、本土のひとはどれだけ、わかっているのかな。

練馬に住んでいた少年時代にも、似たような風景を見たことがある。
いまは光が丘のニュータウンと呼ばれる田柄町の辺りは、グラントハイツという米軍住宅地だった。セキノ君という級友の小さな家のすぐ脇に広がる芝生が目にまばゆかった。
東京近郊では立川やら、厚木やら、本土の米軍施設が次々と返還され、今は大半が沖縄に集中しているという。
沖縄の人が毎日見ている風景は、ぼくの世代が、かろうじて既視感を覚える風景で、ぼくよりも若い人たちには、想像する気持ちすら呼び覚まさない、何の興味も、関心も持てないのかもしれない。

最近よく、日本人が右傾化していると言われる。笑わせるな。
いま日本で起きているのは、右傾化なんていう高次元な話ではなく、圧倒的多くの庶民が考えることをやめてしまっただけでしょ。
大きな声で叫ばれる、単純なコトバで、何か分かったような気がしてるだけ。
昔もあったよね。「資本主義の手先」とか、とか「国家権力の犬」とか。
警察官の家の子どもだったから、大人達からそんなコトバでレッテルをはられ、いじめられた。

かつて「資本主義の手先」やら「国家権力の犬」やら叫んで、成田辺りで暴れていた人が、いまは体制側に回って、政権を批判した者に対して「反日」とレッテルを貼る。
こんな窮屈な日本社会に、元気な若者がニョキニョキ育つわけもなく。
フェンスの向こうのアメリカはヒップな生活革命だ、ポートランドのクリエイティブシティだ、メイカームーブメントだと、時代を逆走する日本をあざ笑うかのように、どんどん走り去ってゆく。その距離は開くばかりだ。

歌手の古謝美佐子のお父さんは嘉手納基地で働いていて、彼女が3歳の時に米軍車両に轢かれて亡くなったという。彼女の歌には、そんな自分史や沖縄社会の重みが感じられる。
だから力強いし、風雪に耐えて、いつまでも残っていくのだとおもう。
戦争に負けたこと、アメリカと日本の関係、極東情勢、現在の複雑な状況や歴史のコンテクストを考慮しながら、沖縄と本土が仲良く共存できるような日本人の叡智が必要な時代になっていると思う。
○じゃなきゃ、×。白じゃなきゃ黒。そんな単純な思考で乗り切れるほど簡単な設問じゃないよ、たぶんこれは。
間違いなく、ひとつだけ言えるのは、バナキュラーな周辺文化を軽蔑し、東京の価値観一色に染め上げるような態度からは、何も生まれてこないということ。これだけは言っておく。
周辺文化への眼差しを、いまだからこそ、柳宗悦に学びたいと思う。

«昨晩までは那須に行くつもりだったけど、それは諦めたから、せめて駒場の日本民藝館に行こうと意気込んでいたのだが、それすら諦めて、午前中はまったりと菊地成孔&南博のアルバム「水と花」を聴きながら、読書。

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