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2017年12月11日 (月)

縁側で、遊びに来た人からお金もらうわけいかないでしょう。

いま、那須高原の山小屋に縁側を作っている。

一般的にはテラスというべき、ウッドデッキに、まずは屋根を付ける。

それだけだと面白くないので、冬場は取り外しの出来る透明のポリカ平板の雨戸を付ける。
さらに、可動式の畳を敷いて、こたつを設置することも考えている。

屋内の読書空間と合わせて、この山小屋を『那須の縁側』と名付けることにしました。

ブックカフェにしようかとか、会員制のライブラリーにしようかとか、悶々としてたけど、そんな小金稼ぎやってるより、少しでもいろんな人が集まってくれる方が、たのしいので、『那須の縁側』として、来年オープンします。

縁側で、遊びに来た人からお金もらうわけいかないでしょう。
お茶とお茶菓子くらい出すので、まあ、ノンビリしていって下さいというポリシーで行きたいと思います。

ぼくの『那須の縁側』に近い感覚で、「住み開き」を実践している場所を取材してまとめたのがアサダワタルさんの『住み開き』。アサダワタルさんは、建築のプロだったりしないので、フラットな目線で空間を見ているから、読者もすうっと入ってゆけて、気持ちのいい本なのです。

むしろ、ぼくなんかアサダさんの言う「リノベーション馬鹿」なんだろうなあ。そもそも、山小屋をセルフビルドで作っているわけだし、まあそれも好きでやっている訳で、たった一度の人生なんだから、好きなこと、トコトンやって後悔しないようにしたいと。

まあ、人生の残り時間を計算しながら、そんなことを考えています。

最近、プチ・マイブームの尾崎亜美。デビュー曲の「瞑想」の時から知ってるのに、自分の同い年の大天才の存在に、最近やっと気がつきました。

年齢を感じさせない彼女の歌声に、魅了され、元気づけられ、いつまででも聴いていたい。

2017年11月18日 (土)

電子機器とちがって、絵本は大人が橋をかけてあげないと、子どもの中に入っていけない。だけど、というか、だからこそと言うべきか、自発的に絵本と子どもの間に「橋をかけること」、その行為がカギになる。「橋をかけること」が未来を開くと言うべきかな。

久しぶりに風邪をひいてしまったらしく、咳も鼻水も止まらない。
検温してないけど、熱も普段より高そうだ。
高血圧症になってから医者から絶対に風邪をひくなと、強く注意されていたので、この5年ほど風邪をひかないようにしていたから、何となく新鮮な気分。
体は少し重いけど、普段低体温で苦しんでいるので、意外と風邪も悪くなくて。
頭はいつもよりクリアで、ブログを書く気分になってるのも不思議だけど、面白い。

日頃、オーバーワークだから、神様が休めって、言ってるのかもな。
そんな感じで、今日はブログを書く気満々なのですが、
それもNHKのドラマ「この声をきみに」 が気に入ってしまったからかもしれません。
数学研究者が朗読教室に参加するという地味な設定が、興味津々です。

お陰でこのところ「絵本」と「朗読」がマイブームになりつつあります。

「紙の絵本を、自分で声に出して読む」

子どもでも、おしゃべりするスマホを操る時代に、なんと悠長なことを言ってるんだろうって、
自分でも感心するくらい、時代遅れなことに感動している。

「子どもに本を読んでやるとき、その声を通して、物語といっしょに、さまざまなよいものが、子どもの心に流れ込みます」
児童文学研究者松岡享子さんの『えほんのせかい こどものせかい』を読むと、スマホに育てられた子どもたちと、両親に読み聞かせされて育った子どもたちと、大人になって大きな差になって、現れてくるような予感がある。

電子機器とちがって、絵本は大人が橋をかけてあげないと、子どもの中に入っていけない。だけど、というか、だからこそと言うべきか、自発的に絵本と子どもの間に「橋をかけること」、その行為がカギになる。「橋をかけること」が未来を開くと言うべきかな。

茨木のりこの詩集なんて、仕事の帰り、疲れ切ってひとり夜道をトボトボ歩いている時、無性に音読したくなる。そんな時はスマホの出番。読書装置は、多種多様がいい。
そして、それだけで、自殺したくなるような辛い状況だって、乗り切れるような気がする。

11月10日の朝日新聞「天声人語」にこんな記事があった。

明治期の列車のなかは、けっこうにぎやかだったのかもしれない。人々が音読をする声で。汽車に乗れば必ず二人か三人の少年が「雑誌を手にして、物識(ものし)り貌(がお)に之(これ)を朗誦(ろうしょう)するを見る」。そんな記述が当時の教育雑誌にある▼列車だけでなく待合室でも。大人も子どもも。音読の光景は特異ログイン前の続きなことではなかったと、永嶺重敏著『雑誌と読者の近代』にある。

もしかすると、未来は音読の価値が見直されて、音読がもっと一般的になっているかもしれない。
ついつい、そんな夢をみてしまいます。

今日のBGMは、聴けば聴くほど好きになってきた矢野顕子と上原ひろみの共演アルバム『Get together』をダイジェストで。

2017年11月 5日 (日)

パソコンに向かう必要もなく、どこでも思いついたときにやれるから、そんな素朴な方法が 一番自分に合っていると思う。

10月はまるまる、ブログを休んでしまったなあ。こんなの初めてだ。
10月は国政選挙があったので、ブログを書く時間も惜しんで、Twitterばかり見ていたような気がする。無党派層だから、各党の主張をしっかり見極めないと、投票にも行けないのだ。
政局がらみで、次から次へと、耳を疑うような出来事が報道されて、落ち着かない一ヶ月だった。

それはさておき、25年前に作り始めた那須の山小屋は、来春の完成に向けて、インテリアの設計作業に取り組んでいる。
取りあえず住めるように、内壁や階段を付けたところで、力尽きていて、この20年近くの間、セルフビルドはあまり進展していなかった。

山小屋の使い道について、方向性が見えてきたので、やっと重い腰を上げて、最後の仕上げに入ったところ。
ここ数年、小さな家具を作ってきたことで、技術的にも、ちょっとだけ進化したから、やれそうな自信も芽生えた。

それから、孫が生まれたことも大きい。
もともと那須の家は、アウトドア好きな息子が思い切り遊べる場所を作ろうと、近所の仲間と一緒に始めたプロジェクトだったので、孫が生まれたことで、当初の志を取戻しつつある。
息子が小さいころ、よく読んでいた絵本とまちや住まい作りを結びつける延藤安弘さんの本を再び手に取るようになったのも、そんな背景があるように思える。

また今回は、外壁補修などの費用もかさんで、プロに頼む予算がなくなってしまったので、設計から何から、自分の手でやっているんだけど、それにしても、設計作業って、楽しい。
設計士のように、他人の家を設計するのは、楽しいだけじゃすまないのかもしれないが、ボクの場合は、全て自分で決めて、結果も自分に跳ね返ってくるので、素直に楽しい。

4Bの鉛筆でノートに絵を描く。
それを、製図用の三角スケールを使って、図面にしてゆく。
ヒマさえあれば、そんな作業の繰り返しで、消しゴムが、どんどん減ってゆく。
パソコンに向かう必要もなく、どこでも思いついたときにやれるから、そんな素朴な方法が
一番自分に合っていると思う。

そんな作業をやっているときの、BGMはたくさんあるけど、登場回数が多いのはこれかな。
大貫妙子・坂本龍一「3びきのくま」

2017年9月25日 (月)

子ども時代にLEGOブロックで、毎日飽きもせずに、おうちを作ったり、壊したりしていたのと何ら変わらず、結局「三つ子の魂百まで」って、昔の人は上手いことを言うなあと、今さらながら、感心している次第です。

どんどん、ブログ更新の頻度が落ちてるなあと思いつつ、9月最初のブログ更新です。

7月に還暦を迎えてから、いろんなコトをリセットしてみたくなって、長年身についた様々なモノやコトを一から見直してみよう。まずは身の回りの整理から始めよう。
こうして、何もかも、変えてしまいたくなって、ひとり文化革命ですね。

その中でも一番大きいのは、自宅の書籍の半分以上を那須の山小屋に移動して、新たな読書空間を作ろうとしているっていうこと。
すると、否応なしに、いままでずっと封印してきたデザインや設計することが習慣になって、ガラガラな通勤電車の中で、毎日のように絵を描いたり、妄想に耽ることが多くなっている。
おそらく、ブログで文章を書くことよりも、読書空間を作ることが最大の自己表現の手段になっているのかもしれない。

という感じで、人生最初で最後の、空間設計に挑んでいる訳です。
といっても、人様の金で、人様が使う建物を作るような設計家のような立派な仕事をしているんじゃなく、自分が遊ぶ場所を作っているだけだから、子ども時代にLEGOブロックで、毎日飽きもせずに、おうちを作ったり、壊したりしていたのと何ら変わらず、結局「三つ子の魂百まで」って、昔の人は上手いことを言うなあと、今さらながら、感心している次第です。

プロの設計家じゃないから、デザイン下手です。
現場に行っても、ささいなことで、一時間も、二時間も考え込んでしまうことも、しょっちゅうです。
それでも、もっと歳をとって、後ろを振り返った時に、60歳で本気になって、空間設計をやったことが、かけがえのない思い出になると思います。

誰のタメに設計しているかというと、もちろん上記の通り、自分のタメでもあるんだけど、去年生まれた孫を喜ばしたいと考えていることに、ふと気がつきました。
25年前に、息子を遊ばせようと、作り始めた山小屋なのに、いまは息子の息子のタメに作っている自分を発見して、進歩のなさと、歩みの遅さに苦笑してしまいます。

とはいえ、今までのような悠長なことを言ってられないのも、事実。

来年には那須高原で、ユニーク読書空間をオープンさせるために、精魂傾けてゆきます。

あまり意味はないんですが、最近気に入っているクラムボンの「yet」を。

2017年8月14日 (月)

従米保守のアベ政権が何をしてきたのか、アメリカ及び日本のハイソサエティ層と一般の日本国民、どっちを向いて仕事をしてきたのか、そろそろ結論が出てきたところで、今年の8月15日を迎えることに、大変奥深い意義を感じる。

小学生のころ、プラモデルで、第二次世界大戦で戦った戦車や軍艦、戦闘機や爆撃機を、たくさん作って遊んだ。
どこの国かは関係なく、日本、アメリカ、ソ連、ドイツ、イギリス、いろんな国の兵器の模型が狭い家の中にぎっしりと集まって、さらに映画『トイストーリー』に出てくる兵隊のプラモも大勢駐屯していて、ずいぶん勇ましい風景だったっけ。
そんな状況でも、絶対に買う気にならなかったのが、B29のプラモデル。
東京大空襲で、自分が育ったまちを焼き払ったこの飛行機だけは許せなかった。
コックピットが機体に埋まったデザインも、ヘビの頭みたいで、気持ち悪かった。

そもそも、当時はあまり売っているのを見かけなった気がする。
東京大空襲や原爆投下から20年くらいしか経過していない時期だから、見るのもイヤだと思う日本人も多かったのかもしれない。

昨日NHKで放送された
BS1スペシャル「なぜ日本は焼き尽くされたのか~米空軍幹部が語った“真相”」
は見応えのあるいい番組だった。

アベ様のNHKとバカにされていたNHKの底力を見せつけられたいい番組だった。
極めて冷静に、技術的に空爆を解説していて、納得がいった。
何しろ、高射砲の届かない高高度から爆弾を落とすB29の爆撃精度が酷いモノだとよくわかった。
よくアメリカがキリスト教施設は爆撃しないように、避けていたとかいう伝説があるが、
そんなのたまたま命中しなかっただけだろうって、よくわかる。
深川にある東京大空襲資料館で見た写真には、実際に空襲で上智大学のチャペルが破壊された写真もあったしね。アメリカの空爆を美化したいための、戦後作られた伝説だと思う。

従米保守のアベ政権が何をしてきたのか、アメリカ及び日本のハイソサエティ層と一般の日本国民、どっちを向いて仕事をしてきたのか、そろそろ結論が出てきたところで、今年の8月15日を迎えることに、大変奥深い意義を感じる。

第二次大戦のコトや日本のこれからの立ち位置について考えるのに、いい本を見つけたのでリンクを張ります。

それにしても、小林よしのり。最近キレッキレです。
いわゆるリベラル派だけの意見だけだと、深みがない。
中江兆民『三酔人経綸問答』のような、複線的なものの見方を提供してくれる本を探していたので、これは良かった。

わあ、ここまで、かなりマジメに、柄にもなく天下国家のコトを書いてしまったので、疲れました。

最後は気楽に矢野顕子ね。
最近、矢野顕子がマイブームで、懐かしき未來的観点から見て、やっぱりこの人は天才だったと痛感してます。

2017年8月 5日 (土)

例えば「老老介護」なんて言うと、暗ーくて、地味な気持ちになるけど、年齢に関係なく、元気な人が近くにいる元気じゃない人の面倒をみるんだと思えば、ごくごく自然なことで、地域だの、コミュニティといった抽象的な言葉より、ボクの心を打つ。

ぼくは人と協調しながら仕事をするのが苦手だとわかったから、ちょっと前まで、「まちづくり」とか「地域おこし」といった言葉には偏見を持っていて、そういった活動ではなく、製作の全てのプロセスを自分ひとりでできることをやろうと、数年前から小冊子づくりを始めた。

とは言いつつも、自分の住んでいる所や、関わりのある町は気になってしまう。
自分も老境に入っているから、友達や親類も高齢化しているってことに、初めて気づいた。
ふと足元を見まわすと、宮澤賢治のこんな詩

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

「雨ニモマケズ」(青空文庫より引用)

にも似たような状態で、老人と病人が多いことに唖然としてしまう。
だけど、まあ、長く生きていれば、誰でも病気の一つや二つは抱えるのが自然で、
杉浦日向子の名言「どうせ死ぬまで生きるんだ」から、老い+病気=死なんて、いくら考えても、寿命が延びるハズもなく、そんなモンは、物置の奥にでもしまって、その日、その日を、明るく、楽しく、元気よく暮らすには、どうしたらいいんだろうって、考えるようになった。

例えば「老老介護」なんて言うと、暗ーくて、地味な気持ちになるけど、年齢に関係なく、元気な人が近くにいる元気じゃない人の面倒をみるんだと思えば、ごくごく自然なことで、地域だの、コミュニティといった抽象的な言葉より、ボクの心を打つ。

そうなると、一時期見向きもしなかった「まちづくり」関係の本が気になりだす。

例えば、山崎亮さんと國分功一郎さんの『僕らの社会主義』

松村秀一さんの『ひらかれる建築』


大月俊雄さんの『町を住みこなす』

最近出版されたこんな本を読んでいると、未来が開けてくる気がする。

昔は人気がありすぎて、ちょっと敬遠していたけど、髪が薄くなっても、おなかが出ても、年齢に関係なく、ぶれずにロック少年のままでいるニールヤングは、100%信頼できる数少ない存在で、ここ数年大好きになってしまった。

ぼくもこんな老人になりたい。

これは1971年、人気絶頂期の弾き語りライブ。
いま聴いても新鮮で、気絶するほどいい。

2017年7月29日 (土)

イデオロギーで分類するんじゃなく、食べるために働かなきゃいけない、職場のストレスをジョッキ一杯のビールで癒やすような人たちの代表として、力いっぱい働く、そんな政治家を永田町に送り込みたい。有名人なんてもういらない。

先日朝早く、っていうか深夜の三時半に目が覚めてしまって、眠ろうとしても、どうしても眠れないので、仕方ないから布団の中であれこれ、いろんなコトを考えた。

たとえばこんなコト。

①リクルートスーツなんてモノを着て、会社訪問なんてことをやる人。
②職場が合わなくて、辞めたいけど、年金がもらえる65歳まで働かないと、食べていけない人。
③長期間の住宅ローンがあって、起業する度胸も才能もないから、やっぱり会社員として仕事しなきゃ、食べていけない人。

世の中の大半は、そうやって平凡に、額に汗して働いている人たちでしょ。
もちろん、ぼくもそう。

ところが、いまの日本で政治の世界を牛耳っているのは、上記の①②③には該当しないでしょ。
④親や祖父の代から、政治家だったり、町の名士で政治と関わってきた人。
⑤生まれながら頭脳明晰で神童とよばれ、エリート街道をひた走ってきた人。
⑥スポーツや芸事で特殊な才能を発揮して、若くして有名人になった人。
プラス⑦宗教関係の人

政治の世界っておおむね上記のパターンで、その中でも一番トップにいる人が自民党に入って、一番になるには、何か不足していて、自民に入ってもトップにいけないような人が民進党とか維新とかに入るっていうのがおきまりのコースでしょう。

①②③のような平凡な人の代表って言うと、昔は社会党や民社党っていう社会主義ベースの党があったけど、冷戦終結とともに、消滅してしまったし、いまなら共産党が社会主義ベースの党なんだけど、マルクスレーニン主義というイデオロギー自体、勘弁して欲しいって気分があって、ぼくたち凡人の代表が政治の世界にいないから、どこにも投票する気がなくなっちゃう。

選挙に足繁く通うのは今の状態を維持するのに必死な成功者である④⑤⑥⑦の人たちだから、アベ某が5年間も君臨して、やりたい放題やっちゃって、「国民の生活が大切なんて政治は間違ってる、日本だけが道議大国になれる」なんて形而上学的ことを言ってるおばさんが防衛大臣でも、だれも文句を言わず、マスメディアも消えた年金のことなんかも、忘れたフリして話題にしないようにしてた訳でしょう。

でもさあ。イデオロギーファーストの国政なんか、もう二度と見たくないんだよね。
保守とかリベラルとか、右だの左だのって、いまだに新聞は古くさい分類方法で、政治家や政党を分類してるし、ネトウヨなんかも、そんな昭和時代の分類方法で、国民を分類して、敵だ味方だ、反日だ、なんだって言ってる。
イデオロギーで分類するんじゃなくて、額に汗して、食べるために働かなくちゃいけない、辛い職場のストレスをジョッキ一杯のビールで癒やしているような人たちの代表として、力いっぱい働いてくれる、そんな政治家を永田町に送り込みたい。有名人なんてもういらない。
そして、産業報国会を作っちゃいそうな連合のような労働貴族じゃなく、①②③の人たちを支持基盤にした政治勢力ができれば、きっとぼくは投票に行く。

日本にないものって。労働党なんだよね。戦前ですら、あった無産政党が、今は存在しないのが日本の不幸だと思う。

ちょっとだけ期待していた、民進党の山尾志桜里さんが、横浜市長選で自民党推薦候補の応援をしているのを、寝床のなかで見て、上記のようなことを思いついた。

高田渡が歌ってるような、こんな平凡な人たちが大事にされる世の中が来ることを祈りつつ。

2017年7月22日 (土)

豊田真由子の曲を聴くと、シャキッとするけど、聴いているうちに、心がささくれ立ってくるので、そんな時は寺尾紗穂の「たよりないもののために」なんか素敵です。

ずっと前から夏が苦手で、ひたすら夏が過ぎ去るのを待つのが、毎年の習慣でしたが、

還暦を迎えたことしからは、さらにヒートアップして、夏を乗り切ることにします。
だらけている体を、シャキッとさせたいときに、うってつけなのが豊田真由子。

もはや政治生命は絶たれたも同然ですが、ロックシンガーとしてはたいへん有望です。
この動画を初めて見たときは、のけぞりました。


これに比べたら、セックスピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」なんて、カワイイもんです。
続けて聴くと、がっかりします。


豊田真由子の曲を聴くと、シャキッとするけど、聴いているうちに、心がささくれ立ってくるので、そんな時は寺尾紗穂の「たよりないもののために」なんか素敵です。
映像も涼しげで、気持ちいいですね。


どうでしょう。すこし、涼しくなったかな。

「音楽に政治に持ち込むな」なんて、とんまなセリフを、大真面目に叫ぶ輩が、大手を振って歩いている昨今だけど、1970年前後のあの時代、確実にロックは時代をリードしていた。

還暦になって、初めてのブログ更新です。
仕事帰りに、iPhoneで音楽を聴くのは、以前からの習慣なんだけど、
ここ数年はまったりとジャズを聴くのが好きで、ロックはほとんど聴かなくなっていた。

ところが、なんだろうストーンズの『メインストリートのならず者』を図書館で借りて、
iPhoneで聴いたら、もの凄くよくって、いまのストーンズには興味ないけど、ミック・テイラー時代のストーンズを、チェックしていたら、すっかりハマってしまいました。

「音楽に政治に持ち込むな」なんて、とんまなセリフを、大真面目に叫ぶ輩が、大手を振って歩いている昨今だけど、1970年前後のあの時代、確実にロックは時代をリードしていた。
ロックから派生した様々なカウンターカルチャーが時代を引っ張っていた。
いまのようなコンピュータで作る音楽じゃなく、人力の、手づくり品のようなロックには、DIY作業に通じる現状変革のエネルギーがあったと思う。

リンクをはったのはストーンズの「ギミーシェルター」
まだ少年のようなミック・テイラーに煽られる感じで、熱い演奏をしていた、若きストーンズの面々が、輝いて見える。


それともう一曲「悪魔を憐れむ歌」
ロックのルーツはアフリカにあるわけで、これもまた時代を感じさせる。

現在のストーンズのギタリスト、ロン・ウッドという人は、あまり関わりのなさそうなザ・バンドの『ラストワルツ』にも、顔を出していて、きっと人柄がいい、世渡り上手な人なんだと思うけど、ふだん会社員の世界でそんなタイプの人とばかり接しているから、職人気質のミック・テイラーを見るとホッとして、嬉しくなる。

還暦を過ぎたら、一番好きな時代の、一番好きな音楽に戻ってゆくのかな。

そんな気がしてきた。

2017年6月17日 (土)

戦前の家父長制大家族とは異なる、21世紀型の大家族があるんじゃないかと、個人的には感じている。

ことしもあっという間に、もう6月後半だ。

ウィークデイは毎日激しく仕事をして、家に帰ると寝るだけの生活で、行き帰りの通勤電車だけが、じっくりとモノを考えたり、読書したり音楽を聴いたりする携帯空間になっている。

それにしても、電車内で新聞を読んだり、本を読んだりしている人が減ったことに、驚く。
若い人はスマホでゲームというのが、いまのスタンダード。
ゲームで暇つぶし出来るほど、暇がない貧乏な年寄りは、今の世の中にはついていけないのかなあと、ため息ばかり。

そして、とうとう自由社会に対して、とどめをさされた感のある、共謀罪成立。
20世紀を代表する経済学者にして、知の巨人ヨゼフ・シュムペーターが言ったように、経済発展の本質は「イノベーション」にある。

自由闊達な人と人との交流から、新しい経済の仕組みが生まれるわけで、野山でキノコ狩りをしたり、カメラや地図を持ってウロウロするのも、命がけの国では、イノベーションによる経済発展が存在するはずもなく。
この5年間、海外に展開する大企業ばかりが優先され、日本経済の足腰が確実に弱っていて、そこに少子高齢化が追い打ちをかける。

それでも、DIY出版の青空公房を始めて、未来への希望を拾い集めて、「懐かしき未来」というブックレットを作っている。
最近、リンダ・グラットンのベストセラー『ライフシフト』を読んだ。

おそらく、そこに書いてあることは、ぼくが「懐かしき未来」に書いたことと、どこかで通底していると思う。それは、この50年で一般的になった、誕生から就職まで、終身雇用、引退後死ぬまでという3ステージ型の職業人生が過去のものになっているということ。

その最大の原因は寿命が延びて、引退後のステージが長くなり、年金や貯蓄で賄えなくなっているということ。
そんな時代だから、ひとそれぞれ多様性のある生き方が必要になってきたし、社会が安定し始めた江戸期から、戦後の高度経済成長以前まで、僕たち庶民はどんな暮らし方をしてきたのかを知ることが、未来の生き方を考える上でも、重要になっていると思う。

それについて、書き始めると本が一冊出来ちゃうくらい、言いたいことは山ほどあるんだけど、一つだけ例をあげると、家族のあり方を21世紀バージョンにアップデートすること、どんなスタイルの家族を作っていくべきか、知恵を絞ってよく考えることが、はじめの一歩かなあと思う。

上野千鶴子の『近代家族の成立と終焉』という20数年前に読んだ本が面白くて、影響も受けたが、それももう古い。戦前の家父長制大家族とは異なる、21世紀型の大家族があるんじゃないかと、個人的には感じている。

そこから、住宅のモンダイ、職業のモンダイ、お墓や死後のモンダイ、子女や自分の教育のモンダイ、僕たちの暮らしを取り巻く、さまざまなモンダイに対して、解決の糸口が見つかるように思う。
実は、お友達のカフェと地域ガイドだと思われがちな「懐かしき未來 その1」だけど、ぼくが一番言いたかったことは、そのことだったなあと、『ライフシフト』を読了した今頃になって気づいた。

そこをスルーして、高度成長期の核家族を唯一のモデルにして、枝葉のモンダイを、ワアワアやっていれば、それぞれの思いがすれ違うばかりでしょう。

ひとまず、今日はこの辺りで、終わりにします。

今日の一曲はそれほど、大ファンではないのに、ときどき激しく聴きたくなるローリング・ストーンズ。
とくに、こんな日はこの曲がいい。

強欲なグローバルキャピタリズムから身を守り、消費しなくても豊かに暮らすためのシェルター。
全体主義国家から身を守り、心安らかに暮らすためのシェルター。
そんなシェルターが欲しいから。

«なんだか、まとまりのないエントリだけど、仕方ないのよ。 考えることが多すぎて、自分の頭の中も、ぐちゃぐちゃなんだし。

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